扉が開く時


 彰達が契約したウェディングプランが格安である理由の一つに、新郎のメイクアップが含まれていないことがあげられる。彰はファッションセンスが皆無なのだが、何故かヘアスタイリングは得意だったので、自力でタキシードに合うヘアスタイルを作ってみせた。


「わぁ、ご主人、素敵な髪型ですね!」


 紗椰のドレスを着付けしてくれていた介添人が、彰を見て目を輝かせた。たとえお世辞だとしても、ドレスアップした姿を褒められるのは嬉しかった。


「安上がりでいいね」


 紗椰がニヤリと笑った。だがその表情には余裕がない。やはり緊張しているようだった。

 ここは、ホテルの一室。最上階にチャペルがあるこのホテルで、彰達はあと数十分で挙式をあげる。


「覚えるのは、入場。二人並んでの歩き方と、牧師さんの前でする指輪交換くらいか。二人だけの挙式は簡単でいいな」


「あと、“ちゅー”もやで」


紗椰がそう言うと介添人が笑った。


「はい、ちゅーですね。誓いのキス。ここのチャペルは本当に綺麗ですから、きっと一生忘れられないキスができますよ」


 そう言うと、介添人はそっと後ろに下がった。

 姿見越しに、ウェディングドレスに身を包んだ紗椰が映った。

 





 挙式当日のワイキキビーチは、晴天となった。彰達が挙式をあげるこのチャペルは、祭壇の奥側が硝子張りとなっており、新郎新婦がそこに立つと、透き通るような青い空や海と一つになれるのだ。

 だからこそ彰達は挙式当日に晴れることを祈っていた。祈りが通じたのか、雨の予報は吹き飛んでいった。


 彰達は、写真でしかこのチャペルを見たことがない。国内だと下見ができるが、海外では挙式当日、それも本番で初めてチャペルに入ることになる。彰達が契約したのは格安のプランであったが、他のプランでも下見はできないのだろうかと彰は思った。


 衣装も整い、簡単なリハーサルを終えた二人は、チャペルの入り口に立った。

 扉が開かれれば、そこには神聖なチャペルがあり、空と海に包まれる絶景が見れる。それはきっと、この先の人生で二度と見ることがないくらいの美しい光景なのだろう。

 それでも、その絶景ですら、彰にとっては脇役となる。隣にいる女性が、あまりにも美しいからだ。





 扉が、ゆっくりと開いていく。

 神様に、誓う時がきた。



 紗椰を愛すると、誓う時──。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る