夢と欲求


 彰と紗椰が結婚して、一年が経った。二人には、大きなイベントが控えていた。


「彰、これどう?」


紗椰は大きな麦わら帽子を被って、その場でくるりと回ってみせた。


「ええんとちゃうかな」


「適当やな」


「ハワイっぽくてええと思うよ」


「これ安かった。三百円やしな」


「安!」


 彰と紗椰は、ハワイで二人だけの挙式をあげることになった。結婚した当初は貯金がなかったために結婚式は見送っていた。双方の両親が資金を出すと言ってくれていたが、二人は遠慮していた。

 挙式は、海外であげたかった。それは彰達二人の希望であり、どうしても譲れなかった。海外となると、招待できる人も限られるし、人が集まったとしてもその費用はかなり高額となる。親族のみを集めても、薄給の彰にはとても払える金額ではなく、それを両親に頼る気もなかった。

 二人だけの挙式を、二人は望んでいた。


 彰は結婚してから一年間、かなり節約しながら貯金をした。元々貯めていたお金と一年間で貯めたお金を足して、なんとか二人の挙式と新婚旅行の費用を貯めることができたのだ。


「ウェディング会社のオプションとは別の会社でフォトツアーを頼むと、安い料金で沢山写真が撮れるんやで。衣装もオリジナルやし、挙式の写真と雰囲気も変わって楽しい!」


 紗椰はとても楽しそうに計画を立てていた。お金がないから一時期は結婚式そのものを諦めていたが、やはりウェディングドレスに憧れているようだった。お金が貯まって、彰がハワイ婚を提案したときは本当に嬉しそうだった。

 海外挙式は、紗椰の夢だった。


「イルカにも会えるよ! カメもおる! ウミガメ!」


 子供みたいにはしゃぐ紗椰を眺めながら、彰は一つの懸念を抱いていた。もしも、海外旅行中に、紗椰が低血糖を引き起こしたら。

 一年前に紗椰が低血糖で倒れたときは何もできなかった彰が、海外で同じ状況になったときにどうなるかを考えるだけで目眩がした。

 妻を守れる自信はない。そんな男が、妻の夢を叶えるというもっともらしい理由でハワイへ行こうと言うのだ。彰はそれが馬鹿げていると思いつつも、紗椰の喜ぶ顔が見たいという幼稚な欲求に負けたのだった。


「持ち物チェックリスト、彰もしっかり確認してや!」


 彰は紗椰が作ったリストに目を通した。リストの下の方に「ブドウ糖ゼリー」の文字を見つけて、小さく頷いた。




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