人生やり直し童貞

お狐丸

第1話

「今日もどうせすることないんだろ?これよろしくな。」


「え、あ、あの…わ、わかりました。」


「えー?またあのおじさんに押し付けてきたの~?」


「ひとぎきわりぃって~。榊原さんが暇そうだったから仕事をあげただけだっつーの!」


俺に仕事を押し付けてきた後輩は入口で待っていた受付の女の子に合流するや否や、その子の腰に手を伸ばし抱き寄せそのまま帰っていってしまった。

俺は渡された書類の束に目を通し仕事を進めていく。





「はぁ…。今日も断れなかった…。」


時刻は23時。

渡された仕事が今日中に対応しなければいけないものだったためこんな時間まで仕事をする羽目になってしまった。


「そういや、あと1時間で俺は40歳か。はは、ついに魔法使いから賢者にランクアップか。」


魔法使いだの賢者だの揶揄するが、結局のところ童貞であることに変わりはない。40歳になろうが童貞は童貞なのだ。


誕生日を迎えようにももう40なのだ、嬉しくもくそもない。


帰り道にある夜の街を眺めるが、そちらに行くという勇気がどうしてももてなかった。

それに、外で待機しているキャッチのお兄さんも俺みたいなやつには声をかけることはなかった。


俺はデブだ。元々食べるのが好きだということもあったが痩せようと思うまでが遅かった。今では体重3桁に突入してしまい、何もしてなくても汗をかくし肌もスキンケアでは取り戻せないほどボロボロになっていた。


そんな俺が風俗にでも行ってみろ。風俗嬢がかわいそうだ。

そんな言い訳をずっとしてきた結果誰とも付き合うことも無く女性の体を経験することもできずにここまで来てしまった。

全ては変わろうとしなかった自分が悪いのは嫌というほど理解している。



そんな言い訳を繰り返し、いつものように夜ご飯を買うために家の近くのコンビニへと入った。

期限が明日の朝で切れる値引きシールの貼られたおにぎりとスイーツコーナーにある2つ入りのケーキをかごの中に放り込んでレジにかごを置く。


「本日もお疲れ様です、榊原さん。お預かりしますね~。あれ、珍しいですね?スイーツ系を買うのは初めてじゃないですか?」


「どうも、お願いします。いやぁ、実は明日誕生日なんですよ。40歳という節目に久しぶりに食べてみようかなって…。」


顔馴染みの店員さん、早見さんに話しかけられ、今日もどうにかどもらずに会話することが出来たと一人安心する。

唯一ギリギリまともに話せる女性はこの人くらいだろうか。

以前このコンビニで起きた出来事をきっかけにお互いに苗字で呼ぶほどまで仲良くはなれたのだが、この人の薬指には指輪がはめられている。そう、既婚者なのだ。


それを知った時はいい歳したおっさんが枕を涙で濡らしたよ。

でも諦めきれず、密かに恋心を抱き続けているなんとも未練がましいおっさんだ。

まぁ、せっかくのこの関係を崩したくなかったし俺は何も伝えずにいるのだ。決して勇気が出ないからとかではない。


「まぁ、そうだったんですね!それはおめでとうございます!じゃぁ、このケーキは私からのプレゼントってことで代わりに払っておきますね~。」


「えぇ?そんな、なんだか強請ったみたいになってすみません。ありがたくいただきます。」


ピッと精算してもらい袋を受け取ると改めて早見さんにお礼を伝えコンビニを後にする。


「またお待ちしてますね〜。少し早いですがお誕生日おめでとうございます!」


「ありがとうございます。」


お見送りまでしてもらいぺこりと一礼すると俺は家へと再び歩き出した。


(はぁ今日も綺麗だったなぁ。あれで俺の1個下とか嘘だろ。そりゃ誰もほっとかねぇよなぁ。)


溜息をつき、ガチャリと鍵を開けて中に入ると汚れた机にケーキを置いて座ろうとする。

そのとき、ひどい頭痛と吐き気を催し俺はその場に倒れこんだ。


ガタンッ、ゴト、ぼとっ


先ほど買ったケーキや机の上にあったものが散乱するがそれどころではなかった。


「っんだ、これ…。くるしぃ……。」


初めて経験する痛みに処理が追い付かず、助けを呼ぼうとするが俺の住んでいるアパートの住民はほとんど夜の仕事をしており、この時間にはまず誰もいない。

そのため、どれだけもがき苦しみ暴れたとて誰も駆けつけることはなかった。


「だ、られか……、おぶぇぇっ……、たるけて……。」


人間死ぬ前には誰かに助けを求めてしまうものなのだろうか。必死に声を出そうとするがまともに言語を発することができなくなっていく。

そんな状態が続き、ついにはどんどんと視界も暗くなり息もまともにできなくなってくる。


「ヒューヒュー、お…ぇ……あ。」


(あぁ、これ無理だわ。案外死にかけの時って冷静に考えられるのな…。……こんなことなら早見さんに想いだけでも伝えておけばよかった。絶対に断られるのはわかってるけど…。)


吐瀉物まみれになりながら最後に彼女のことを考え意識を手放した。




榊原奏斗39歳童貞は23時59分55秒でこの世を去った。




はずだった。









「「誕生日おめでとう奏斗!!」」


「え?」



意識を取り戻した俺を待っていたのは、笑顔で俺の誕生日を祝ってくれる若かりし頃の母さんと父さんだった。


「どうしたんだ奏斗~何か嫌いなものでもあったか~?」


「ほら、かなちゃんの大好きないちごのケーキもあるんだから遠慮せず食べていいのよ~?」


「え?え?」


なんで母さんと父さんが…。しかもこれ何十年も前の姿じゃないか?


あ、もしかして今走馬灯を体験してる感じか!へ~走馬灯ってこんな感じなんだなー!ってんなわけあるか!!

こんな記憶知らねーわ!!!父さんと母さんに誕生日を祝ってもらったことなんて1回もないんだからな!!


はっ、もしかしてこれは転生だったりパラレルワールドってやつじゃないか!?

これは拙者がどんな顔になったのか鏡で確認せねば!!!


「ごめん、ちょ、ちょっとお手洗い行ってくる。」


「お、おぅ。」


立ち上がり部屋を出て洗面所へと向かう。幸いにも実家の構造と全く一緒だったからか迷わずこれた。


「んだよ。子供の頃の俺と一緒じゃねぇか……。」


自分の顔を鏡で確認するが、イケメンになっているとかそんなことはなかった。

よく言えばぽっちゃり。悪く言えばデブ。

二重あごにポッコリと出たお腹。整えられていない眉毛。

そう、子供の頃の俺の姿のまんまだったのだ。

ただ、ひとつ死ぬ前?の俺と決定的に違うところがあった。


プルン


肌がめちゃくちゃスベスベだったのだ。


ニキビひとつなく毛穴も開いていない。シミやそばかすだって見当たらない。


このいまの見た目、確か中学3年生くらいだったはずだ。

そういえば、ここから俺は自分の見た目を変えようと思ったのに結局怠けてなにもしなかったんだ。




……これはチャンスなんじゃないか?



童貞のまま40を迎えそうになった俺に対する神様の慈悲なのではないか?




なら俺のすべきことは一つだ。とにかく自分磨き。

ダイエットとファッションセンスUP。コミュニケーション能力の強化。そして筋トレだ。



「俺は今度こそ20までに童貞を捨ててやる!!!!」



「かなと~ご飯冷めるから早く戻ってきな~。」



あ、すっかり忘れてた。





………今日は誕生日だからちょっとくらいいいか。






明日から頑張るから!!!!!!ほんとだって!!!


こうして俺は中学3年生の頃の俺へと精神はそのまんま戻り、なぜか俺にやさしく甘い両親と共に誕生日を迎えたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

人生やり直し童貞 お狐丸 @yu_331

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ