第16話 ロードムービー
『星へと続く道』(2011 米・西・仏・盧合作 監督:アンヘル・ドス・ペソス)
11月5日の日曜日。天気はまあまあ、気温はそこそこ(「寒すぎて死にしそうや」と、萌は23回ぐらい言っていた)
某有名アニメ映画の公開と被り、人集り沢山。神々よ、ご照覧あれ。そんな映画には目もくれず、集った無敵の女子高生、萌、飛鳥、レーカ、最後にあたし。
ジャンル、簡単にロードームービー。金銭、社会的に成功したアメリカ人の老人が主人公(演者はエヴァレット・シン)
ある日金持ち仲間で集まっている時、電話がかかって来る。それはヨーロッパに行っていた息子が、急死したという知らせだった。
主人公は即座に全ての予定を打ち切り、ヨーロッパに飛ぶ。息子が死んだのは、フランスの南西部にある田舎街。現地の警察から息子の身元確認と遺品を受け取った主人公は、息子の死因を尋ねる。
息子は遥か遠く、スペインの西端にあるサンティアゴ・デ・コンポステーラへと続く巡礼の途中で嵐にあったのだった。
それを聞いた主人公は、息子の意思を遂げるため、巡礼路を歩く事を決意する。そのフランスの田舎街は、巡礼路のスタート地点だったのだ。
「なんか暗い映画やなあ」とは萌の言葉。女子高生向きではないと溜息を吐く萌を、スクリーンに押していく。他の2人は苦笑い。
端的に言って、素晴らしい作品。ロードムービーらしく、ロケは当然実際の巡礼路。美しく詩的な情景が次々に眼を癒す。
「ヨーロッパネ」懐かしそうに、レーカ。この巡礼路は1000年以上も昔からあったそうで、その道も、そこに住んでいる人々にも年月がこびりついているように見える。
至る所で主人公は息子の幻影を見る。これは自分の1人の旅ではない。美しい巡礼路を歩く中で、主人公は様々な人に出会う。宿屋の主人、狂人、神の奇蹟を目にした人、ジプシー。
そして旅の同伴者達。アルコール中毒のチェコ人の男。異性関係に傷ついたオーストラリア人の女。そして夢想的な小説家のスコットランド人の男。巡礼の道を行けば、全ての罪が赦されると人は言う。
彼らは皆、黙々と巡礼路を行く主人公に興味を抱く。皆それぞれが悩みや悲しみを抱えているので、互いのものが気になる。
主人公は息子の遺灰を巡礼路の方々に撒いている。仲間達はそれを目にし、更に主人公達に強い関心を抱く。
飲み、歌い、笑い、衝突する。映画らしく、そんな人間ドラマが続いていく。この映画に完璧な人間は1人もいない(何て素晴らしい作品!)勿論主人公もだ。息子の為に歩いていた旅が、いつしか自分のものとなる。
苦難を乗り越え、主人公と仲間達、そして観客は遂にゴールに辿り着く。1000年の間、何百、何千万という人が訪れただろう旅の終着点は、堅牢な石で作られた歴史ある大聖堂。
だが本当の旅の終点は、もう少し先。更に西に行った所に、海に臨んだ教会がある。主人公はその海で、残っていた息子の遺灰を撒く。
全てが終わり、仲間達は1人また1人と去っていく。結局、罪は赦されることは無かった。残ったのは巡礼路を踏破したという達成感と、仲間達との褪せることのない思い出だけ(人生そのものだ)
結局、主人公は旅を止めることは出来なかった。北アフリカ(モロッコ?)の街の喧騒を、楽しそうに歩く主人公を写し、映画は終わる。
演技良し。カメラよし。脚本良し。音楽良し(でもちょっと寄せに来ている)
2時間の至福の時間の後、ゴキゲンな中華料理屋で昼食。「面白かった。画がすごく綺麗で」注文を選びながら飛鳥。あんかけチャーハンを選ぶ。バカみたいに食べるのが良い。
レーカも嬉しそうだった。あたしの隣に座ったので、その横顔を存分に堪能することが出来た。いつ見ても綺麗な横顔で、元気よく上に飛び出したまつ毛が良い。
「私の故郷は東ヨーロッパだけど、自然とか、家の建っている感覚とか、とっても懐かしく感じたワ。ストーリーも良かっタ。大事なことよ、大好きな人と死に別れた人が、どうやってその埋め合わせをするかってこト。あたし、小さい頃にお母さんを亡くしてるから、他人事のように思えなかっタ。終わり方が本当に良かったワ。私達家族だって、似たような事をしたもノ」
五目焼きそばを選びながら、レーカはそう言った。本当にタメになった。なるほど、それぐらい真実性のある作品だった訳だ。映画は非現実を描くが、日常と照合させることも大事だ。
萌にメニュー表を渡そうとした時、あたしは初めて、あいつが泣いていることに気がついた。「どうしたの!」3人はほぼ同時に叫んだ。
あの気丈な萌が、眼を真っ赤にして泣いていた。飛鳥がハンカチを手渡すと、あいつは「ほんまごめん」と言いながら、それを手に取り、眼に当てた。
「ほんまごめん。ずっと我慢してたんだけど、レーカの話を聞いて耐えられなくなった。おとんのことを思い出しちゃってさ。嫌な奴やったけど、やっぱり居なくなったら寂しいし、何年かぶりに思い出してみたら、良いことばっかり思い出してしまって、耐えきれなくなっちゃった。ほんまごめん、恥ずいな」
「そんなことないよ」3人はほぼ同時に答えた。あたしも含めて、みんな本心だったのではないか
だってあの映画を観た後だったから。あたし達は萌を元気づける為に、自分達の料理から具材をそれぞれ持ち寄って、あいつの料理に乗せてやった。
「食えるか!」
エビや豚肉、唐揚げでこんもりとしたラーメンを目の前して、いつもの調子を取り戻した萌は怒鳴り散らした。
メモ)人は空腹の胃袋を埋めるように、ポッカリと空いた心を埋めなければならない。しかしあいつらは今日も可愛かった。あいつらが悲しみ、苦しみ、怒り、笑う度に、私はどうして世界はこうも美しいのだろうと考える。
◇
そこまで書いて、幸乃は顔を上げた。肩を鳴らし、今一度最初から読んでみて、少女は「うーん」と唸った。
この映画ノートを書き続けてかれこれ3年程になる。最初は良かったのだ。幸乃は紙の束が薄い所を開き、それを読んでみた。中々どうして、真面目に書いてある。
映画の印象、役者の演技とその効果、カメラワークの美しさ、監督の言いたいことは何か、背景にある社会・時代・政治・宗教etc…
それがどうか、幸乃は次にここ1年の記述をパラパラと見返してみた。段々と映画そのものに割くページが減っている。そして何が増えたか、それは親友達の、女子高生達に関する記述である。
萌が何と言ってみんなを笑わせたか、飛鳥がどんな服を着ていたか、レーカがどんな鋭いコメントをしたか、そんなことばかり。これでは映画ノートではなく、ただの楽しい日記であった。
幸乃は椅子に座り、これで良いのか、どうすべきなのかを、今日こそキチンと考えようとした。だが13秒と経たない内に腰を上げると、「うん」と頷いてノートを閉じた。
「次は2週間後だ。今度は暗殺者の主人公がバンバン悪人を撃って、少女を助けるやつにしよう。あいつら、今度はどんな反応をするだろうな」
そんな映画に出てくる悪人さながらの独り言の後、幸乃は鼻歌混じりに部屋を出て行った。
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