ダンシン・イン・ザ・ダーク

第13話 悪夢

(なんやこれ)萌は心の中で呟いた。


 知らぬ間に、自分は野外のステージのような場所に立っていて、横には親友の、幸乃と萌とレーカが、そして背後では知らない男達が踊っていた。


「幸乃、何やねんこれ! ここどこやねん!」


 萌の叫びは幸乃の歌声と楽器の演奏、そしてステージを取り囲む群衆の声によってかき消された。萌はドラムを叩いている飛鳥の腕を掴むと、言った。


「なあ、これ何なん? ウチら、今何してるん?」


 だが飛鳥は萌の腕を振り払うと、目の前の楽器を夢中で叩き続けた。仕方なく、次に萌はギターのような楽器を弾いているレーカの側に歩み寄ると、言った。


「なあレーカ、ここはどこ? そんで、あんたは何弾いているん?」

「これはシタール。ハンガリーの楽器ヨ」


 レーカはリズムに合わせて首を右に左に振りながら、見事な音を奏でた。


「アホか、シタールはインドの楽器やろ!」


 意に介さず、レーカは自分が奏でる優美な音に酔いしれていた。次に萌の視線は、観客の方に行った。


 数千という人がいるのに、その一人一人の顔が全て不鮮明にぼやけていることを知った時、何かを察したように萌はかぶりを振った。そしてずかずかとステージの前を横切って幸乃の横に寄ると、耳元で叫んだ。


「分かった、これって夢なんやな?」


 幸乃は萌の方を振り返ると、口角を上げた。幸乃は歌っていないのに、マイクは幸乃の声を流し続けていた。


「そうだよ、これは夢。よく分かったじゃん。楽しくない?」

「楽しい?」


 そう言うと、萌は自分達の後ろで踊っている謎の男達の方を観た。


「あいつらなんやねん」

「踊ってんだよ」


「それは分かるわ。踊ってるのは誰やって聞いてんねん」


「踊っている人は、踊っている人だよ。それ以上でも、それ以下でもない。踊っている人は、自分が踊ると決めた段階で、その人の性別、年齢、体格、仕事、思想がどうであれ、等しく踊っている人になるんだよ。それってさ、楽しくない?」


 必死に自分の頬や太腿をつねっても、夢から脱出することは出来なかった。


「気持ち悪すぎる。これが夢ってことは、これ全部、ウチの考えてることなんやろ?」

「そうだよ。いい夢だよ、呼んでくれてありがとう」


「そ、その台詞もウチの頭が考えてんねやろ?」

「そうだよ」


「頼む、もう限界や。眼を覚まさしてくれ」萌が青ざめた顔で言うと、幸乃は「アハハ」と笑った。


「良いよ、ただし条件がある」

「何やねん、条件って」


「それは自分の気持に正直になること、夢の中まで自分を偽るのは良くない」

「そ、それもウチが言わせてんねやろ? あかん、頭がおかしなる」


 萌の頭の中の頭が混乱しているとき、観客の合間からどよめきが起こった。観客達が指差した方向を一瞥した幸乃は、萌と向き直って言った。


「早くしないと、隕石が降ってくる」

「は?」


 幸乃が指差した方を観た萌は、呆れて言った。


「もう無理や。ウチは、自分の深層心理にほとほと疲れ果てた」

「さあ、言いなよ。空からは隕石が降ってくる。あたし達以外の人は皆逃げた。地球はもう終わる。そんな時、あんたは私に何て言うのさ」


 萌はこちらに向かってくる光源と、目の前にいる親友の顔を交互に観た。夢の中なのに、脇や背中が熱くなるのを確かに感じた。隕石の光によって右頬を明るく照らされながら、萌は言った。


「ゆ、幸乃。ウチの僅かばかりの人生の中で、あんたに会えたことが一番の幸せや。いつも側にてくれて、ありがとう。あんたは親友で、家族みたいなもんで、一緒に人生を生きる上での戦友みたいなもんや。


 あんたとの最後が、こんなギャグみたいな感じなで残念やけど、でもそっちのほうが、ウチららしくて良いかもしれない。だ、だから、その。


 もしあんたが良かったらやけど、生まれ変わっても、また、ウチの友達になってくれへん?」


 言い終わると、幸乃はその顔に満面の笑みを浮かべた。隕石の光によって照らされた二人の少女の影が、ステージの壁に鮮明に張り付いた。

 

    ◇


 萌が眼を覚ました時、外はまだ真っ暗だった。汗に濡れた枕を手で確認した後、萌は頭を抱えた。


 朝、登校した幸乃とレーカは、眼に隈を作り、不機嫌そうに席に着いている萌の姿を認めた。


「どうしたの、萌。怒ってるの?」

「別に、ただ寝不足やねん」


 幸乃は「ふうん」と言うと、自分の席に荷物を置いた。そして斜め前に座っている親友の背中に声を掛けた。


「萌、好きだぞ」

「あっそ」


 にべなく、萌は答えた。幸乃はいつものことだと思い、気にもとめなかった。


「そっちからも聞きたいな」

「今日はもう言うたやん」


 言った瞬間、萌の心は激しく後悔した。猫のように鋭い幸乃の耳は、その言葉を決して聞き逃しはしなかった。


「『今日は』って、どういう意味?」


 萌は何も言わなかった。ただ真っ赤になった耳のみが、萌の気持を雄弁に語っていた。



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