第12話 東方の三博士
恐ろしく寒い冬のある日、薄暮の時間に連れ立って外を歩く三人の少女の姿があった。
背の高い一人はファーのついた黒いブルゾンを、褐色の一人は灰色のチェスターコートを着ていた。
最後の小柄な一人はリュックを背負い、緑のスタジャンにニット帽、カラフルなマフラーに手袋という装いで、彼女の冬に対する気持ちを如実に表している。
三人は黙々と白い息を夜の闇に吐きながら歩き、ようやく目的の場所に着いた。「ふう」と小柄な一人が息を吐き、家のインターホンを押すと、家の中でドタバタと物音がしたあとに返答があった。
「どちら様ですカ?」
「東方の三博士です。この家に類まれな美少女と、食べきれないほどのご馳走があると聞いてやって来ました」
小柄な一人がそう言うと、インターホンの向こうから笑い声が聞こえてきた。
「家違いでス。他を当たって下さイ。良いお年ヲ」
小柄な一人も「アハハ」と笑うと、たまらず後ろに控えていた褐色の一人が言った。
「こっちは寒いし腹もへって死にそうやねん。悪いけど早よ入れてくれ」
すると玄関のドアが開き、一人の少女が顔を出した。髪は燃えるような赤毛で、玄関から漏れる明かりに照らされて、闇を照らす太陽のように光っていた。
「ごめんなさイ。早く入っテ」
◇
家の中はとても暖かく、3人はすぐに外套を脱いだ。
「メリークリスマス、レーカ」背の高い少女が訪問客を代表して言った。
「メリークリスマス、準備は出来ているワ。こっちヨ」
レーカに案内された居間は壁面や窓が見事に装飾されていて、隅にはクリスマスツリー、真ん中には沢山のご馳走が乗った大きな食卓があった。
そして3人が入ってくると同時に、髭面で、食卓と同じぐらい大きな男がキッチンの方から顔を出した。
「わたしのパパ。クリスマスの飾りじゃないワ」
「はじめましテ。私、レーカの父、アルフレート。今日は来てくれてアリガト」
レーカは3人の少女を指差しては、父親にハンガリー語で何かを話しかけた。娘から友達の紹介をされる度、大男は「モエサン」「アシュカサン」「ユキノーサン」と、噛みしめるように名前を呟いた。
「ユキノーサン、覚えていまス。前、レーカに会いに来てくれタ人。レーカと友達になってくれてアリガト。モエサン、アシュカサンもアリガト。レーカの側にいてくれて、ホントにアリガト…」
「とんでもない。あたし達の方こそ娘さんには良くして貰ってます。あたし達の方こそお礼を言わせてください。レーカさんをこの世に生み出してくれて、あたし達に引き合わせてくれて、ありがとうございます」
アルフレートさんは全てを聞き取れなかったのか、申し訳無さそうに娘の方に顔を向けた。
レーカが恥ずかしそうに説明すると、アルフレートさんは目を細め、3人の少女を改めて見回すと、何事かをハンガリー語で呟き、台所の方へ引っ込んでしまった。
「お父さん、なんて言ったの?」
「遠慮せずに全部食べなさいっテ。おかわりも沢山あるからっテ」
「お父さん、泣きそうなの?」
「わかってるなら言わないであげテ。さあ、私もお腹空いたワ」
「良いオトンやな」そう萌が呟くと、3人も小さく頷いた。
◇
レーカは3人を食卓の席につかせると、キビキビと料理の説明を始めた。
「これはハラースレーっていう魚のスープ。鯉の肉を使っているワ。あれはトゥルトゥットゥ・カーポスタ。ザワークラウトねネ。
それはポンチュロポゴーシュっていう魚のフライ。これも鯉よ、安かったノ。こっちは七面鳥、そのままネ。
まだ早いけどデザートはクルミとケシの実で作ったベイグリに、メーゼシュカラーチってジンジャーブレッドもあるワ。トカイワインもあル。日本の法律を破る気があるなラ」
「ハンガリーのクリスマスって、こんなに食べるの?」
他の2人が呆気にとられるなか、眼を子犬のように輝かせながら飛鳥が聞いた。
「まさカ。パパが大盤振る舞いしたのヨ。こんなに豪勢なのは私も初めテ。さっきも言ったけど、足りないなら追加もあるわヨ。お寿司でもなんでもっテ」
「ハンガリーのクリスマスは、寿司も食べるの?」
「まさカ。パパが勝手に盛り上がってるだケ。でも私も良いと思うワ。もうハンガリーとか日本とかごちゃまぜにしたら良いのヨ。私も吹っ切れたワ。
さあ食べましョ。ご飯が冷めちゃうワ。苦労してパパと二人で作ったノ。お婆ちゃんほどじゃないけどそこそこの味はするわヨ」
育ち盛りの3人の少女は、恥も捨てて目の前の料理を貪った。その様がまるで何日もご飯を食べていないかのようだったので、レーカは何度も笑い、その都度スプーンを置かねばならなかった。
3人の食欲旺盛な少女のせいで、家主であるにも関わらず、アルフレートさんはおかわりを運んだり食器の片付けで大忙しだったが、当の本人は笑みを浮かべるだけで、一言も不平をこぼさなかった。
◇
結局、数時間程であれほど沢山あった料理は殆どが姿を消してしまった。4人の少女は、アルフレートさんの淹れてくれた紅茶を飲みながら、食後の気怠けな時間をゆっくりと過ごしていた。
「レーカ、大した料理やったわ。一生、人に話せるぐらいの」お腹を擦りながら満足そうに萌が言った。
「ありがとウ。苦労して作った甲斐があったワ」
「それで。お礼といっちゃなんやけど、ウチらからあんたにクリスマスプレゼントを送るわ」
幸乃は自分のリュックから紙袋を取り出すと、それをレーカに渡した。
「私ニ? 嘘、ありがとウ!」
「喜ぶのはまだ早いで。本当はハンドクリームとか、アクセとか、マフラーとかオシャレなモノを贈るべきなんやろうけど、それは次からにして、今回はあんたをウチら色に染め上げよるものを贈ることにしてん」
「どういう意味? こ、怖いものなノ?」
「別に。幸乃からは自分の好きな映画のDVD。なんて名前やったっけ?」
「『リトルトーキョー殺人課』。ドルフ・ラングレンとブランドン・リーが出てるやつ」
「んでウチからは、変な鳴き声を出すニワトリの人形。ぐえーって鳴くやつ。ほんで、飛鳥はなんやったけ」
「わたしは自分の好きなサッカー選手の首振り人形。レヴァンドフスキのやつ」
「そういうわけや。変なんばっかでごめんな。ほとんどネタやし、嫌なら正直に言ってや。あんたに笑って欲しくて3人で考えてん」
恐る恐る紙袋を開け、萌の言うことが事実であることを知ったレーカは笑った。幸乃、萌、飛鳥の3人は互いに顔を見合わせ、何度も頷きあった。
「ありがとう、笑ったワ。でも本当に嬉しイ。ありがとウ!」
「ホンマに? 嫌なら持って帰るで」
「ホントヨ。返せって言われてももう返さないかラ」
「あっそう。あんたも変わってんなあ」
◇
それから4人はテレビゲームで遊ぶことにした。飛鳥はマラソン大会での憂さを晴らそうと対戦で萌を散々に打ち負かし、レーカと幸乃は手を叩いて大喜びした。途中でレーカは父親を呼ぶと、コントローラーを持たせて、自分と対戦させた。
白熱の親子対決は娘の方に軍配が上がった。アルフレートさんは負けたにも関わらず、誇らしげに娘を抱きしめると、娘もそれに答えた。
「散らかしたり、はしゃいだりしてごめんな」帰り際、灰色のチェスターコートを羽織りながら萌が言った。
「良いのヨ。パパのこと観たでしョ? 大喜びだったワ。気にすることないワ」
「うん、最高に楽しかった。来年もまた来たいな」マフラーとニット帽で顔を隠した幸乃が言った。
「もうちょっと遠慮せえよ、お前」
「来年も絶対来てヨ。パパが喜ぶかラ」
「私もまた来たい。ご飯がすんごい美味しかったから」黒いブルゾンを着終わった飛鳥が言った。
「じゃあ来年も来よう。あたしらのクリスマスはレーカハウスで過ごすことにしよう。それで決まり。ああ、来年の冬が待ち遠しい」
「冬大嫌いなくせに何言うてんねん」
幸乃のボケに萌がツッコミ、皆で笑って今日も終わった。全くいつもどおりの光景だった。
◇
3人を見送った後、レーカは居間に戻り、父親を手伝って後片付けをし始めた。
「どうだった? あの3人?」
「素晴らしい娘達だと思う。可愛くて、明るくて、頭も良さそうだった」
「でしょ? 自慢の親友達だわ。私には勿体ないくらい」
「そんなことはない。お前も可愛くて、明るくて、頭も良い。ただあの娘達も同じ負けず劣らずだから、お互いに高めあえると私は思う」
「そうかもね」
「ママにも観せたかった」
そう言って、アルフレートは手を止めた。そして隣りにいる娘の顔をまじまじと観ると、笑ったような、泣いているような表情を浮かべた。
「お前は最近、ホントに明るく、可愛くなった。前もそうだったが、今はもっと良い。きっとあの娘達のおかげなんだろ?」
「そうかもね」
「私はお前に何もしてやれなかった。本当に申し訳ない」
「そんなことないわ。パパはよくやってる。パパが悪いんじゃなくて、私がパパの頑張りに気づいていなかったのが悪いのよ」
「あの娘達たちのおかげだ。大事にしなさい」
「そうね。私もそのつもりよ」
「ママにも観せたかった。本当に」
レーカは手を止めると、大きな体を震わせて泣いている父親を抱きしめて言った。
「私も、ママに観せたかった。私もママを思い出して泣きそうになるわ、パパ。でも大丈夫、きっと大丈夫よ。今日みたいな日があればね」
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