第11話 変なヤツら

 長い人生、時には信じられないことが起こるものだとレーカは思った。


 彼女が手にしているスマホの画面にはグループLINEの文面が写っているが、あろうことか、その4人グループのうち2人が寝坊したのだ。


「しょうがない、わたし達2人で行こう」

 

 珍しく部活の朝練がなく、今日は久し振りに大親友4人組で登校できると思っていた飛鳥は、悲しそうに笑った。


 レーカはそんな飛鳥を不憫に思ったが、それよりもこの時間をどう乗り切るべきか、という考えの方が強かった。


 正直な所、2人は一対一で話したことが殆どなかったので、何を話すべきか分からなかったのだ。それでもレーカは、朝の前向きな雰囲気に背中を押されて、何とかやってみるつもりでいた。


「珍しいよネ。幸乃はともかく、萌も遅刻なんテ」

「そうだね」


「幸乃はまた映画の観すぎかナ」

「かもね」


「今度はどんな映画を観たんだろウ」

「なんだろうね」


「えっと、今日はいい天気ネ」

「確かに」


「あの、今日は暖かくなりそうだよネ」

「だといいね」

 

 レーカは心のなかで思わず、「ああ神様」と呟き、自分の不甲斐なさを呪った。駅から学校までは15分ほどなのに、1時間にも、10時間にも感じられた。


 レーカは思わず飛鳥の表情を伺った。隣りにいる、自分より背が高いこの少女は、眠たげな眼の先を、猫がやるように虚空に置きながら歩いている。

 

 そうやてレーカが見惚れていると、飛鳥は自分が観られていることに気がついた。


「ごめん、気まずいよね」

「い、いや別ニ」


「いいよ、分かってる。正直、わたしとレーカってタメで話したことあんまないもんね。わたしって人見知りな上に、口下手でさ、ごめんね」


「いや、わたしも全然。これまで生きてきて、友達なんてろくに出来たことないし、何を話したら正解なのか、分からないのヨ」


 レーカが本気で慌てると、飛鳥は少し楽しくなった。実は飛鳥も、幸乃も萌もいないこの時間をどう対処すべきか悩んでいたのだが、相手の反応を観て、これはいけるかもしれないと自信を持ち始めていた。


「いつもは幸乃と萌が喋ってて、わたしはそれに合わせるだけだからさ」

「そうだネ。あの二人だけで無限に喋ってるもんネ」


 思わず「アハハ」と笑った後、誰か知らない人に聞かれてはいないかと、飛鳥は周りを見回した。


「ほんとはわたしだって話したいことはあるけど、ついついあの2人の話が楽しくって、聞いちゃうんだよね」

「それなら、今は飛鳥の話したいことを話せばいいヨ」


「ほんとに? それもいいね」

 

 飛鳥はまた黙って何かを考えると、少ししてから口を開いた。


「ずっとレーカに話したいことがあったんだけど、良い?」

「良いヨ。なんでも言いなヨ」


「うん。その、レーカの赤毛って物凄く綺麗だよね。観るたびに思う。わたし、大好きなんだ」

「き、急にどうしたノ?」


「ずっと言いたかったんだよ。幸乃とレーカが知り合った頃、幸乃がレーカのことを美人だ、美人だって言っててさ。


 ほら、4人の中であたしだけクラス違うでしょ? だから、初めて会って話をした時、幸乃の言う通り、すんごい美人で、綺麗な赤毛だなあって思ったんだ。一目惚れって感じ」

 

 驚いたレーカがまた飛鳥の顔を観ようとすると、2人の眼があった。そこにはさっきまでの眠たさの代わりに、この世界に対する愉快さのようなものが現れていた。


「嬉しいけど、驚いタ」

「ごめん、わたしって変なんだ。でもずっと、これを言わないとって思ってたから」


「どういう意味?」


「わたしって馬鹿だからさ、好きなものを観てもその感動を忘れちゃうんだ。レーカの赤毛も、萌の小麦色の肌も、幸乃のちんまい身体も、学校が終わって家に帰るたび、忘れないよう頑張るんだけど、やっぱり次の日会うたびに、自分の記憶なんかよりもっと魅力的だと思うんだよね。だからそのことをちゃんと伝えないといけないと思って」


「それで、わたしを実験台にしたノ?」

「ごめん。言われて嫌だった?」


「別ニ。でもそんなこと言われ慣れてないから、恥ずかしくて死にそうヨ。だから、幸乃と萌にもこの気持を味あわせてやっテ」


 飛鳥は「アハハ」と笑い、「良いね、そうしよう」と言った。


「レーカの赤毛はほんとに最高だよ。まるで、その、えっと、まるで」

「どうしたノ?」


「良い例えが見つからないんだよ。わたし、幸乃のようにあんまり本を読んだり、映画を観たりしないからさ」

「別に良いヨ。幸乃の真似なんてしないで、飛鳥のやりたいようにやりなヨ」


「良いの? またすんごく変なこと言うよ?」

 

 レーカが「お好きに、どうゾ」と言うと、飛鳥はまた黙って何事かを考えた。だが口元がさっきまでと違って緩んでいたので、それが本人にとって愉快な思索であることが直ぐに分かった。


「レーカの赤毛は最高だよ。まるでレヴァンドフスキみたいに燃えてる」

「ヘ?」


「眼もすごく綺麗。デ・ブライネみたいに知的で冷静でクール」

「へエ」


「そばかすも可愛い。カンテみたいに躍動感に溢れてる」

「それデ?」


「白い肌はレアル・マドリーのユニフォームみたいだよ。王者の色だ」


我慢できず、レーカは「アハハ」と笑った。


「知ってるの、サッカー」

「知らないけど、笑っちゃっタ」


「どうだった? わたしの好きなサッカーで例えたんだけど」

「悪くないんじゃなイ? 響きは良かったヨ」

 

    ◇


 そうこうしてるうち学校に着いた。下駄箱で靴を履き替えながら、レーカは少し意地悪をしようと思い、言った。


「あなた達って変ヨ。幸乃も萌も飛鳥も変。何考えてるのか分からイ」

 

 でも飛鳥は、「変」という言葉が愛おしくてたまらないという風に目を細めると、言った。


「レーカも今にそうなるよ。そうなったら、楽しいよ」

 

 レーカは、コテコテの関西弁を喋る萌、映画の観すぎで遅刻する幸乃、例えが難解な飛鳥を思い浮かべ、自分もいずれそうなると思うと、つい笑ってしまった。


 それはきっと、過去と今の自分とは全く違う新しい自分という存在なのであり、そうなることはレーカを何かワクワクさせるものがあった。

 

 階段を登り、別々の教室に別れようとした時、飛鳥がレーカの顔を見つめた。


「なに、どうしたノ?」

「あのさ、ごめん。荷物置いたら、そっちの教室に行っても良いかな? まだ話したいことがあるし、HRまで時間もあるし」


「お好きに、どうゾ」


 レーカが笑いながら言うと、飛鳥は心底嬉しそうに、隣の教室の中へと走っていった。


 その後姿を観ながら、変なヤツだと思うと共に、これが未来の自分の姿なのかと思うと、感慨深いものがあった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る