第7話 グッド・モーニング
「おっ、姉ちゃん可愛いなあ。グッモ」萌とレーカは駅で落ち合うと、学校に向かって歩き出した。
「おはよウ。幸乃と飛鳥ハ?」
「飛鳥は部活の朝練。幸乃は夜遅くまで映画を観てたせいで寝坊」
「なんて映画?」
「お前知ってるか? ゴッド・ファーザーってヤツ」
「名前だけなラ。観たことはなイ」
「ウチもや。名前は知ってるけど、観たことはない。飛鳥もそうやって言ってた。別に観たいとも思わへん。
4人のうち3人がそうなのに、どうしてあいつはそんな映画を観るんやろう。あいつは高校生生活を浪費しとるわ。あんたは映画好き?」
「どうだろう、観る方かナ」
「どんなやつ? ジャンルは?」
「どうだろう、ドキュメンタリーとか?」
「ドキュメンタリー!」
萌は大げさに言い直すと「ハハハ」と笑った。
「ウチはアクション、幸乃はホラー、飛鳥は恋愛、あんたはドキュメンタリーか」
「4人それぞれがオススメの映画を出し合えば、世界中のあらゆるジャンルの映画が観れるわネ」
「多すぎる。死ぬまで映画観なあかんやん」
「ところで、グッモって何?」
「グッドモーニングの略。さっき考えてん」
「へエ。それ、流行ってるの?」
「嫌な質問」萌は並んで歩いているレーカの顔をわざわざ観て言った。
「聞かんでもわかるやろ。こんなダサいの、流行るわけないやん」
朝日を浴びて2人は一緒に歩いてはいたものの、その外見は全然違っていた。萌は褐色、レーカは真っ白な肌をしている。
それは素晴らしいまでのコントラストで、2人は大地と空、太陽と月、もしくは世界の半分と残り半分の体現のようであり、この世の全てを表していると言えた。
飛鳥は仕方ないとは言え、僅かばかりの映画のせいでこの情景を見逃した幸乃は、とてつもない不幸者と言えた。
そして、学校に遅刻することに気を取られ、萌とレーカの二人連れが巻き起こす化学反応を見逃したことを知る由もないであろうことは、幸乃をより一層、惨めで哀れな存在にしていた。
◇
「げげっ、服装検査や」校門をくぐろうとした時、萌が言った。レーカは生まれてはじめて、「げげっ」と現実で言う人間を観た。
校門には数人の教師が陣取って生徒達を精査しており、一部の愚かな違反者は隅に連れて行かれ、厳重な注意と、二度と違反はしないというサインを書かされていた。
「心配すんな、ウチがついてる」
「一体何を心配するのヨ」
二人は連れ立って、一人の教師の前に立った。
「おはよう。とても素晴らしい朝ですね!」
とてつもなく元気な声で、英会話のシドニー先生が言った。アメリカ人のシドニー先生は洒脱で、生徒からとても人気があった。萌は内心、「しめた」と思った。
「おやおや、とんでもない美人連れが来ましたね」
「おはようございます、シドニー先生。ウチらは潔白です。真っ白なシーツです。いくらでも検査してください」
「威勢がいいですね、素晴らしい! いつものおかっぱちゃんと、背の高い子は一緒じゃないの?」
「背の高いヤツは朝練です。おかっぱは映画の観すぎで寝坊。先生、ゴッド・ファーザーって知ってる?」
「ゴッド・ファーザー!」シドニー先生はそう叫ぶと、修道女のように胸元で手を合わせ、空を見上げた。
「私がもう40年早く生まれていたら、今頃はアル・パチーノの妻よ」
レーカはそれが冗談なのか本心なのか、そしてアル・パチーノが誰かも分からなかったが、萌が「ハハハ」と笑ったので、一緒に笑うことにした。2人の少女が元気に笑うので、シドニー先生も満足そうだった。
「髪、眼、唇、リボン、スカート、靴下、靴。良いですね、悪いところは1つもないです。ワンダフル! じゃあ、赤毛のお嬢さんの方はどうかな?」
全く平気なつもりではあったが、いざ全身をくまなく観られると思うと、レーカは緊張した。だいぶマシにはなったが、まだ自分の容姿を観られることに慣れてはいなかった。
「髪、眼、唇、リボン、スカート、靴下、靴。うーん、エクセレント! 改めて観ると、まるで絵の中から出てきたみたいじゃない?」
頬を赤くするレーカに代わって、親友の萌は鼻高々だった。
「先生、褒めるばっかでホンマに検査してんの?」
「してますよ、当たり前です。髪、眼、唇、リボン、スカート、靴下、靴の全てが調和して、その人らしくあるかどうかを検査してます。制服を来ているからって、みんな同じじゃないのよ。
繊細な所で、その人の良いところを出さなければなりません。それはまあ、制服がない方が良いのかも知れませんけど、だからって自分には制服は向いてないのだと諦めるのも残念です。
限られた範囲で、最高の自我を出すんです。それはとても難しいけれど、その分愉快なんです。羨ましいわ。わたしなんかが今更制服を着ても似合わないしね」
「なるほど。じゃあその点、ウチたちは合格?」
「合格です。大合格」
萌はまた「ハハハ」と笑った。今日は朝から何度も笑ったので、いつも以上にご機嫌だった。レーカも、自分では気付いていなかったが、ずっと口元が緩んでいた。
口元が緩んで軽くなったレーカは、つい「先生はとっても魅力的です、制服なんてなくてモ」と言ってしまった。シドニー先生は、驚いたような表情をしながら言った。
「そうよ。だって、私はあなた達の倍は生きてるんですもの。それは、あなた達の倍、自分を美しく見せる術を知っているということよ。分かったら早く行きなさい。勉強して、もっともっと自分を磨かないと」
◇
「シドニー先生って、わたしより日本語が上手いのネ」
教室に着き、自分の机に鞄をおきながら、レーカは少し離れた席の萌に言った。
「そりゃそうやろ。もう日本に来て20年ぐらいって言うてたし」
「20年? あの先生って何歳ぐらいなノ?」
「知らん。多分150歳ぐらいちゃう? 確かに、歳の割には綺麗よな。そんなことより、お前LINEやってへんやろ」
「ああ、そう言えバ。送る相手もいなかったシ」
「なんやそれ。ほなこれから、スマホがパンクするまで送ったるわ」
萌はレーカの席に寄って来てスマホを引ったくると、全ての設定を済ませてしまった。
「ありがとウ。でもなんでグループ名が、卍最強ギャング卍、なノ?」
「知らん。幸乃が勝手につけてん。嫌なら直ぐ言い、変えさせるから」
「嫌じゃないけド。具体的には何をするギャングなノ? 悪いこト?」
「別に、ただのグループ名やしなあ。強いて言うなら、夜遅くまで映画を観て、次の日の学校に遅れる、とかかなあ」
「何だ、そんなものカ」
「そりゃあまあ、服装検査すら引っかからないええ子ちゃんの集まりやしなあ」
「ふーン。グッモ」
「何の脈略もないけど、まあまあおもろいな」
そう言うと萌は自分の席に帰っていった。そしてしばらく何かを考えた後、レーカの方を振り返って言った。
「安心したわ。それ、レーカが言ってもダサいもんやねんな」
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