第5話 砂の城は小さな約束ひとつで崩壊を始める。
からからと、口の中でデザートの飴玉を転がしながら中学時代のクラスメイトから来たメッセージを眺める。お弁当を食べ終えたちかちゃんは隣のクラスの彼氏のところに行っていて、その間、彼女の席の周りに人は居ない。菜穂ちゃんは数学の課題を片付けているし、南ちゃんは別のグループの友達と話している。二人に視線を投げて、それが交わらないことに安堵して、もう一度スマホに目を落とす。
『この前、オガタ見かけたんだけどさ、まじやばいよ。メガネかけて超陰キャになってた』
奥歯を強く噛む。
『まじ? あんなイキってたのにだっさ』
グループの別の子が返信をして、それに群がるように悪口が溢れだす。爆笑しているパンダのスタンプを返して、画面を閉じた。通知はもう随分前に切ってしまったから、それ以上、会話が目に入ることはない。小さく、息を吐いた。
私は、こんな物が見たかったわけじゃない。
誰に言い訳出来るわけでもなく、心の中で呟いて、そっと目を閉じた。正しさを突き立てて殺した尾形理絵の心が、恨みがましくこちらを見ているような気がした。
「あ、矢崎」
気が付くと、目の前に中堀涼が立っている。慌ててスマホを裏返した。いつから居たのだろう。会話の内容が見えていないことを祈った。
「芹沢先生が今日も部室来いって」
ちょうど空白になっていた前の席に中堀涼が座って、目線の高さが合う。直視するには眩しすぎて、思わず机に視線を逸らした。
「やっぱ、行きたくない? 俺、ひとりで行こっか?」
心配そうに顔を覗き込まれて、息が詰まる。慌てて首を横に振って、さりげなく背を反らして距離を取った。
「ううん、大丈夫。たぶんまた雑用だし、中堀くん、ひとりじゃ大変でしょ? 今日バイトあるって言ってたし」
「俺は、別に大丈夫だけど、ほんとにへーき? 無理してねえ?」
心配そうに眉を寄せる中堀涼に小さな罪悪感と胸の高鳴りを同時に抱く。机の下で強く拳を握った。大丈夫だよ、と笑いながら、泣きそうだった。なにひとつ、大丈夫なんかじゃない。祈りを捧げるように、組んだ両手を握りしめる。
どうか、このウソがバレませんように。
どうか、この太陽みたいな男に、私が醜い化け物であることが、バレませんように。
「そっか。大丈夫なら、一緒に行こーぜ。矢崎、掃除当番でしょ? 俺教室で待ってるわ」
「あ、うん。ありがとう」
答えた声に被さるように、菜穂ちゃんがちかちゃんを呼んだ。おかえりー、と笑いを含んだ声が聞こえて、私も振り返って手を振る。
「ごめん、ちかちゃん帰ってきたから」
中堀涼に背を向けて、ちかちゃんに笑いかけながら、足元に築いた砂の城が崩れ始める音を聞いていた。
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