第6話 スーパーヒーロー
「あんた、調子乗りすぎじゃないの。いくらイケメンでかっこいい颯くんが好きだからって、急に学校にきだして。何やってくれてんの。」
「先生にもヒイキされて。ずっるーい。」
周りの人がそうよそうよ、と同感を示す。
ここは体育館の裏。そして時間は夕方。私は集団リンチなるものを受けています。
えぇ、やだ、もう、なんでこうなったの。
時はさかのぼって三日前。
学年一すごい人がヤンキーで、しかも私と同じ、小説家志望。颯と呼べといった。授業に遅れそうになったのを、颯さん専用の顔パスを使って突破してくれた。
二日間、学校はまた休んだんだけど、なんとその間もお便りのプリントや宿題を家まで持ってきてくれた。住まわせてもらっている青希さんの家で、また小説の話に花を咲かせた。
すごいじゃいん、私。友達……と言っていいのかわからないけど、そんな関係の人が学校でできるなんて。成長した。えらい。
いや、驚くのは彼の変貌ぶりかな。
やっぱり先生やクラスメートの輪の中では、「なんでもできる優等生」くん。ただ、私の目の前でだけ、「口も素行も悪そうなヤンキー」くんという印象なんだ。
教室に一歩踏み込んだ時だって、吊り上げていた目があたかも急いで帰ってきたような焦った瞳に変わり、本当に悪いことをしましたごめんなさい、なんて自覚を持っているかのような表情だったんだ。もはや俳優の職が天職なのではないかと疑うくらい。
なんというか、メリハリがつきすぎて逆に怖い。
屋上に初めて上がり、遅れかけた授業で先生は「メリハリはしっかりつけましょう。」なんて、私の寝ぼけ頭でも覚えられるほど言っていたけれど、それとこれとは話が違うんじゃないかな。絶対違う。うん、違う。
とにかく、変わっている。変人じゃない……と思いたいんだけど、ある意味変人だよね。
そんなこんなで登校してから三日後、また学校に訪れた。これは気まぐれなのだ、きっと。
いつも通り図書室に潜り込んで、四限目だけ授業に出て、今日は保健室にお昼ご飯を食べに行って、お昼休みは屋上へ。
約束なんてしていなかったけれど、颯さんがいるということは何となく想像がついた。
五限目はやっぱり図書室へ。六限目は教室に入りたかったけれど、みんながみんな楽しそうで、私なんかが入る隙間がなかった。バレないように、廊下や階段をうろうろとして過ごした。
ホームルームくらいは出席してもいいかな、なんて容易な考えで出席した、ら。
「舞広さん。放課後、ちょっといいかしら。」
なんともう一人の学級委員さんに呼び出されてしまった。
あとで何か言われたら、それはそれで嫌だ。
なんて、これまたバカらしからぬ考えで、体育館裏までなにも考えずに来てしまった。
颯さんに会ってからだ。
私の体の中をぐちゃぐちゃと混ぜられたみたいに、身の周りのことを他人事のように考え出してしまった。自分のことまでも。
それがなんの不幸を招いたのか、私は今、集団リンチされています。
うーん、リンチとは言えないのかな。そんな暴力は直接されてはいないからいいんだけどね。
でも、とりあえず私は、嫌だ。
人と話すなんて嫌い中の嫌いのはずの私が、なんの風回しか、友達ができた。けれど、今もなお、人と話すことが嫌いだ。顔を見るのが嫌。ずっと下を向いて、過ごすだけ。
だからここに呼び出された時も、相手の顔を見ない。絶対に。と心に誓った。今もこうして地面とにらめっこを続けてる。
……どうしよう、頭、痛い。
今カバンなんて持ってこなかったし。すぐに終わるからという彼女の言葉を信じ切って、のこのこと丸腰で来てしまった。薬という私の回復薬がないわけで。これは丸腰と同じじゃん。
体調が悪くなると、気分も曇り空になるわけで。他人事のように考えてしまうんだ、なんて強気だったのが嘘のように、今は弱腰になっているんだろうな、なんてまた他人事のように自分を考えて猫背な背中をもっと丸める。
明るかったはずの空は、だんだん黒い雲が広がっているはずだ。
「ねえあんた、聞いてるんでしょうね!?」
「うわー、メアリが言ってんのに無視とかないわー。」
「それな~。ウケる~。」
「ちょっと、それどういうことよっ。」
「バカだねって言ってんの。コイツ頭おかし~。」
キャハハハと甲高く、頭に響く声で笑われる。
ズキズキと頭の痛みが増す。心臓がドックンドックンと音を立てるのが聞こえ、それと追いかけるようにズキズキと私を苦しめた。
もうなんんでもいいから。かえらせて。
その願いを、叶えてくれたかのように。
ピーンポーンパーンポーン
「えー四時になりました。本日は清掃があるため、校舎内に残っている生徒は、速やかに帰りましょう。繰り返します。」
「ヤバいよ。そうじゃん、今日全校清掃があるから急いで帰らないと!」
「そういえば、そうじゃん。いいや、今日はこのくらいにしておいてあげるけど、次。また颯くんにちょっかいかけるようだったら、ただじゃおかないからね。」
くるんと向きを変え、取り巻きの子たち……かな。みんなを引き連れて、校舎の方に戻って行った。
へにゃへにゃと、腰が抜けたようにしゃがみ込む。
壁に体を預けながら、これからどうしようか、と考える。
もう、なにもしたくない。
これが私の感情。いつでも動きたくないけど、いつにも増して、体が重い。薬は教室の、カバンの中でしょ。連絡だってできないでしょ。体育館から職員室までも、教室までも遠いでしょ。どうすればいいの。
八方塞がり。
今の私にぴったりだ。私なんかができることも、今、この状態じゃできない。
いっそのこと、ここで倒れてしまえば、助けに来てくれるのかな。清掃の人とか、だれか、くる、かな。
浮かせていたおしりを、地面に付ける。
突然、瞼が重くなってきた。今のこの状態で欲望に逆らうことなんか出来ずに、自分の体が欲するままに、瞳を閉じた。
最後に見えたのはやっぱり、雨と紅色だった。
起きたのは、保健室。
眠くて、もう一回寝ようかな、なんて思いながら目を閉じる。次の瞬間には青希さんの家の、私の部屋だった。
こてんと頭を横に向ける。
分厚いカーテンが広げられていあって、キレイな海も、キレイな空も見えない。きっと私が見ることでさえもままならないくらい、ヒドい景色が目の前に広がっているんだろうな。
何も見たくない。誰にも見られたくない。でもさ、雨で濡れたんだ、私。寒いよ。温めて。触って欲しい。触れて欲しい。心の奥深くまで、どん底に落ちていった心をすくい上げて。おねがい。ねえ、だれか。
頭まですっぽりと布団をかぶる。この世界と私を隔離するように、隙間なく、ぎゅうぎゅうに。
「あ? 起きてんの?」
がちゃんとドアが開く音がしたかと思えば、青希さんじゃない声が聞こえる。
尖っていて、低くて、なんだか安心するようなこの声。
「颯……さん。」
「そうだけど。」
目だけを布団から出して、その人の足もとを見る。
青希さんの家に合うインテリア風のスリッパ。学校指定の白靴下、ではなく、裸足のまま足を入れている。
足元から少し上に視線を動かせば、学校で身につけている制服じゃなくて、ラフなジーンズを履いている。上に着ているものまで見る勇気はなくて、布団の中で枕元に添えていた手に視線を持っていく。
「今回で、俺に作った貸しは二回だ。」
二回?
ああ、やっぱり気を飛ばす寸前に見た気がするのは本当だったんだ。
鮮やかな紅色が見えたんだ。雫が乗ったレンズで撮る写真のように、ぼんやりと見える紅色の人。
「なんとなく学校ん中うろうろしてたら、お前がまたぶっ倒れてるんだよ。驚いたわ。何、俺疫病神だったりするわけ?」
ふっとは鼻息荒く笑うと、また話を続けた。
「お前を担いで、いっそいで保健室に駆け込んだわけよ。ぐったりしてるしさぁ。もう、ほんとに。こっちがビビるっての。あーあ、カラコンとってよかったー。んで。」
ぐい、と頬を掴まれて、無理やり体を起こされる。腕を使ってバランスをキープしていれば、強制的に視線を合わせられる。
学校で見た時と同じ、溺れてしまいそうなくらい、深い黒。
「誰。」
「え。」
「誰に呼び出されたか聞いてんの。わかる?」
「めあり……さん?」
「あー、姫川かよ。ほんっとにお前、ついてないな。アイツに目ぇつけられたらほぼ終わりだぞ。」
すぐに顎を離してくれると思っていれば、もっと距離を縮める。
キス、ができそうなくらい。
「んで。」
むぎゅっと強く掴まれる。
「どうやって埋め合わせしてくれるわけ。」
いつかの昔、見た気がするヒーロー漫画。ヒーローが悪役に殺気立っている、光景。今、私たちを周りから見たら、それに似ているんじゃないかな。
どくんどくんと、鼓動を刻むペースが早くなる心臓。逸らしたいけれど、獲物を見つけた狩人のように逃がしてくれない瞳。学校にいるときはつけているメガネを取って、至近距離で見つめられる。
何をどう返せばいいのか分からなくて、目に涙が溜まる。すぐに泣くこの性格も、すぐにキャパオーバーして倒れてしまう体も、全部全部、直したい。
「で?」
じりじりと精神面的に詰め寄ってくる颯さんを前に、この状況をどうすればいいか、なんていくら考えても答えは出てこない。
頬を掴む力が増してきて、なにも考えられなくなる。
っていう時に。
入るねーと言い終わらないうちに入ってきた青希さんが。
こんな状況を見て、誤解しない方がおかしい。
それくらい、ほんっとに近い距離。もうちょっとで鼻と鼻がくっつきそうな。
「あっ。いや、あの、その〜颯くん? ちょっと距離を、ですね、空ちゃんと離れてほしいな〜って。」
こんなことをしているのかを思い込んだらしい青希さんは、あわあわとしながら顔を赤く染めた。
急な展開にも、颯さんは。
「ん、取れた。目にゴミ、ついてたんですよ。入っちゃう前に、取れてよかった。」
逃がすまいと私の頬を掴んでいた右手とは反対の左手で、私の目元を拭う。人差し指を立てて、ねっ、と笑う彼の顔は、本物の王子様のようだった。
「じゃあ、雨止んだみたいなんで帰ります。服、ありがとうございました。洗って空さんに渡しますね。」
もはや営業スマイルとでも呼べそうな笑顔を張り付けた顔のまま、律儀にぺこんと頭を下げて、スクールリュックを背負う。もう一度、この部屋のドアのところで頭を下げると出ていってしまった。
私も青希さんも呆気に取られて、しばらく動かなかった。というか動けなかった。
天気イコール私の心 希音命 @KineMei
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