第5話 学級委員長 月城颯

 小説、読ませてもらった。

 感想教えてほしかったら学校までこい。

                  月城颯


ぶろぉぉぉぉぉおお——


「今日、あったかいね。よかったね、雨じゃなくって。」


「そう、ですね。」



 車の助手席で、もじもじと膝の上で手を組ませたりしながら、私は青希さんへやんわりと返事をした。


 倒れてから三日後、私は柄にもなく学校へ向かっていた。


 あの紅色の子はどうしているのか。話してみたくて、三日間、ずっとうずうずしていた。手紙、と言っていいかわからないけど、手のひらサイズの紙切れがノートから滑り落ちていたみたい。起きてからずっと、書いて、書いて、書いた。


 疲れたなんて一ミリも思わなかったけど、階段を上がってくる音がしたから、急いで山みたいにノートを積み上げて片付けた。頭からベットに潜り込んだら寝てた。起きてから気付いた。


――怖かった。


 嬉しいも恥ずかしいも思ったけど、何よりも先に、怖かった。


 だって、人が何かに対して思うことなんて、想像もつかないでしょ? 私が面白いと思っている小説が、紅色の子はつまらないと思っているのかもしれない。


 気になるけど、嫌だ。


 でも学校へ向かっている車の中でそんなことを思っても、結局は行くんだ。


 仕事前の青希さんが「学校まで送ってっちゃうよ!」って言って、協力してくれたことには感謝してるし、私が言い出したから、今さらやめてくれなんて言えない。


 もういい。諦めて行こう。図書室の本が読みたかったとか、適当に言い訳すればいいや。


 膝の上の手から、窓の外に視線を動かす。


 のどかな自然が左にどんどん流れていく。信号はあるにはあるけど、反応式? っていうのかな、すぐに通れるようになるヤツだから、そこまで時間もかからない。


 家から学校まで三キロくらい。歩こうと思えば歩けるんだけど、(もっと遠いところから歩いてくる子もいる。すごー。)やっぱり車が一番楽でいい。


 うとうととし始めたころ、青希さんから「もうすぐだよー。」というお声がかかって、お昼寝は中断した。



 学校につき、青希さんとわかれる。そのまま、一番に職員室へ向かった。


 驚いた表情のまま、先生は私の提出物を受け取ってくれた。ここで話すことも話せられないだろうと、相談室(私と青希さんの間ではおしゃべり部屋)に行き、なんだかんだで話していた。


 大人と話すのは苦手中の苦手なのだけど、先生の口からは勝手に話題がぽんぽんと飛び出してくる。しかもそれが全部、おもしろい。

 だからこの人の話は嫌いじゃない。むしろ好き。なんとなくうなずいていれば、一応だけど会話が成り立つ。図書委員会の顧問も務める先生は、意外と私に興味を示してくれる。青希さんと話すくらい気が楽。


 話が一区切りつき、ほっと息を吐いた。


 ちらりと上を見上げると、ぎりぎり、その口元が見えた。しわだらけのおじいちゃんみたいな口。


 先生の小さくて優しい視線が私に向きそうになったから、慌てて周りを見る。


 楽しそうににこにこと笑っていた先生は、やっぱりお話好きなんだよなあ。


「そういえば、青希とはどうだ?」


 先生が青希さんの名前を出した。


 先生は青希さんの担任でもあったらしい。三十歳を超えた青希さんとの再会は、実に二十年ぶりだというのだ。当然、その姉であるお母さんも先生のことは知っているはずだと、青希さんが言っていた。


「青希さん、は、元気ですよ。今朝も忙しいのに、目玉焼き作ってくれて。あ、半熟のやつ。それ食べて、来ました。」


「ははは、なるほどな。じゃあ今の空の中は、青希の優しさでいっぱいってことだな。だから今日、これたわけだ。」


 日に当たっていないかのように白く、痩せているのに、そんなことを感じさせない大ぶりの声で先生は笑った。


 そのまま青希さんの昔話をしていると、近くの教室から「きりーつ!」という学級委員の声が聞えてきた。


「もうこんな時間か。話してると、時間は速く過ぎるもんだね。空、今日どうする? 教室に行ってみる? 図書室で勉強していてもいいけど。」


 そう聞かれると、私は一も二もなく「図書館。」と即答した。


「じゃあ私は次の授業があるから。」


 そういって、先生は立ち上がる。続いて私も席を立った。


 先生がドアを開ける。


 まって、聞きたいことあった。


「あの。月城颯さんって、今日います、か。」


「ああ、颯? いるよ。昼休みに教室に行ってみるといい。それか図書室にでも、いるんじゃないかな。」


 振り返って、こちらを向いて先生は言った。


「今日は頑張ったじゃないか。抱え込むことはないよ。図書室でゆっくり勉強してくれよな。あ、今日の国語の授業で図書室に行くから、そのときは一緒に勉強しよう。な?」


「何限目ですか。」


「んー、確か四限目だったかな。午後の授業ではなかったよ。」


「はい。」


 じゃあね、と言われて、先生と別れる。別れ際に小さく手を振ったけど、見えたかな。



 結局、四限目まで私が勉強するはずがなかった。


 先生と別れたのは二限目の終わりだから、そこから二時間くらい。ずっと本に浸っていた。


 だって勉強そこまで好きじゃないし。学校になかなか行けないから、先生に宿題もらってるだけだし。今日の宿題、まだもらってないし。


 自分に言い訳を何重にも重ねて、好きなことをしていた。


 本当を言うと、小説を書きたかったんだけど、いつ人が見に来るかわからないでしょ? だからやめた。


 そして四限目、本当に先生は図書室に現れた。顔も名前も知らない、クラスメートを連れて。


「今日は調べ学習をする。それぞれ辞書を使ってくれてもいいし、ここで貸し出しているタブレットを使ってくれても構わない。自由にやってくれ。レポートの提出期限は三日後の国語の授業内。わからないことがあったら聞いてくれな。それじゃ、始め。」


 中学生らしく静かに、それでもテンションの高い声を上げながらクラスメートたちは図書室に散らばる。


「颯、ちょっといいか?」


「はい。なんですか。」


「この子のこと頼んでいいか。」


「大丈夫ですよ。確か、舞広空さんでしたよね。」


「知っているなら話は早いな。ちょっと面倒見てやってくれないか。私がずっと付きっきりっていうのもなんだしな。じゃあ、頼んだぞ。」


「はい。」


 落ち着いた様子で彼は私に向き合った。


「初めまして。僕は月城颯。今日、国語の調べ学習なんだけど、辞書とタブレット、どっち使いたい?」


「え、っと……。」


 何について調べるか知らないし、何を調べればいいかもわからない。というかこんなの、宿題の中にあったっけ。どうしたらいいんだろう。


「んー、めんどうだね。タブレット使っちゃおうか。」


 月城くんは出入口近くにあるカウンターのほうへ歩いて行った。


 てくてくと後をついていくと、保管庫のような黒い箱から二台のタブレットを出し、抱えて振り返った。


「これ使って。やり方わかる?」


 私は首を横にふるふると振る。


 うちみたいな、こんないもぼろっちい学校にタブレットなんて存在していたんだ。まずそこから驚き。


 あと、学校へろくにきてもいないのにタブレットの使い方なんてわかりっこない。


 空いている机にいき、二人で座る。


 開くのに結構時間がかかった。ログインするのが難しくて。


「あ……なんとなく、わかった。」


「そう?」


 なんというか、この人といるのは周りの目が痛い。特に女子。


 まあ、モテそうな容姿だからなあ。しょうがないっちゃ、しょうがないんだけどね。


「ん。」


 月城くんが私の制服を引っ張る。ぎくりと肩を上下させて、月城くんの手元に視線を合わせる。目が悪いから、月城くんに体を近づけ、覗き込むようにその言葉を見る。



『昼休み屋上ノート』



 単語を繋げただけの、他の人ならわからないような文。特にノートって何? は? ってなると思う。


 でも私はわかった。あのノートをもって、昼休みに屋上へ来い、と。


 はっとして、顔を見る。人の顔なんて、めったに見られない私があまり喋ったことのない子(それも男子!)にだ。見た時にはもう、しまったと思った。でも一瞬で目を逸らした。


 なんていうか、獲物を捕らえるような獰猛な生き物のような瞳だった。捕まえたら離さない蛇のように、鋭くて瞳を貫くような、力強い視線。


 だからこそ私は目を逸らした。


 力強くて、抜け出せなくなる。なんて小説では言うけれど、全然そんなことはなかった。力強すぎて追し負かされた。


 変なところを見ながらだけど、こくりとなんとか首を動かすと、満足気に微笑んで「続きやろ。」と私を誘導してくれた。


 もう一度こくりと首を縦に振り、タブレットに向かい合った。


 気のせいだ。背中に刺さる、他の人の視線が強くなったのは。

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