第4話 ライムグリーンと共に
私は約三週間、フルダイブ式のVRシミュレーターでの戦闘訓練を受けた。カミラに言わせれば、「香月氏と同等の能力があります」との事だ。お世辞が過ぎるのではないかとも思ったのだが、これで堂々とアルスまで行ける。
私に最適な機体はキ100、五式戦闘機らしい。そしてカミラは佑とバディを組めるように手配するとも言ってくれた。
「本当によろしいのですね。防衛隊に参加するという事は、契約期間が終了するか死亡するまでは地球に帰還することができませんよ」
「わかっている」
「それと、地球にいた頃の記憶、主に国家や人間関係に関するものは全て消去します」
「当然だ。皆がそういう条件で防衛隊に参加しているのだからな。ただ……再び出会った時に、彼の事を全て忘れてしまっている事は残念だ。何か彼の事が好きだったという痕跡が欲しいし、できれば彼に抱いて欲しい……」
私の嘆願に対しカミラは頷き、そしてニヤリと笑った。この男が笑った? その事に対し、私は驚いてしまった。
「いいですねぇ。地球人類の持つ恋という力。我々には皆無なその感情。正直な話、羨ましいと思っています」
「え? まさか、あなた方は恋を知らないと?」
「そうです。私たちはある意味、人造人間なのです。人為的に生産されシステムに組み込まれている存在です」
「ロボット? いや、アンドロイドなのか?」
「そういう言い方もできます。生体細胞を使用したアンドロイドだと考えてもらって構いません」
「では人間ではないと?」
「さあ、神の目から見てどうなのでしょうか。私自身は作られた存在ではあるが人間であると思っています。しかし、私たちを作った連中は私たちを道具としてしか見ていません」
「そ……その話は……本当なのか」
「本当ですよ。私もね。もう何年も地球の人と接しています。あなた方のように自由に生きて自由に死ねる事を羨ましく思っています」
「何か自分のわがままを褒められているようで恥ずかしいな」
「ふふふ」
含み笑いをこぼしながらカミラは考え込んでいた。そして、顔を上げで私を見つめる。
「鈴野川女史。私はあなたを応援しましょう。記憶の消去に関して、少し細工をします。そうですね……」
カミラが説明を始めた。私が任務地に赴任する際に、
「一応これで安全なはずです。しかし、万一管理者に見つかった場合はこちらから手助けすることができません」
「つまり、自力で切り抜けろと?」
「はい、そうです。そういうリスクがある事を承知していただけるなら、貴方の香月氏への想いを残したままアルスへと送り届けましょう」
「なるほど……」
そう言う事か。
カミラの言葉を100パーセント信じている訳ではないが、彼もどうやら、管理者とやらに対しては絶対服従せねばならない立場らしい。そんな奴隷のような扱いを受けている彼は、管理者に対し一矢報いたいと思っている。
ここは私も一肌脱ごうじゃないか。
やってやる。
リスクなんて知った事か。
「わかった。その条件で私がアルス防衛隊に参加する事が、貴方の留飲を下げる事につながるなら願っても無い」
「その通りです。私の気持ちを理解していただいて光栄です。では、転送室へ参りましょう」
私の気持ちは固まった。しかし、あと一つだけ心残りがあった。彼のバイク、ライムグリーンのNinjaの事だ。このまま私がアルスへと向かうなら、あのNinjaは再び放置されることになる。
「ああ、すまない。一つ忘れていた」
「何でしょうか?」
「あのオートバイの事なんだが、アレと一緒にアルスへ行くことはできるのか。できれば一緒に行きたいのだが」
「もちろん可能ですよ。ふむ。あのオートバイは元々香月氏の所有物でしたね。なら……時間を遡って香月氏と同時に届ける事も出来ますが」
「え? そんな事が?」
「はい。可能です」
「ならそうしてくれ。彼が大事にしていた物なんだ」
「わかりました」
カミラが返事をしたと同時に、私とライムグリーンのNinjaは何か別の部屋にいた。
「ここからアルスへと転送します」
「転送? 宇宙船で行くんじゃないのか?」
「宇宙船で普通に飛んでも、六次元存在であるアルスにはたどり着けませんよ」
「あ……」
「大丈夫です。ここで六次元へと次元昇華した後、体と意識を素粒子に変換します。そして先方で再構成するのです。時間は150秒ほどで終了します。準備はいいですか?」
「ああ。いつでもやってくれ」
カミラは頷くと、壁のパネルを操作し始めた。
「記憶操作と初期設定は終わりました。貴方は初日、基地司令のニルヴァーナと面会するところからスタートします。その時はこちらの記憶が全くない状態です。恐らく何かの戦闘機に乗り、軽いテストが実施されるはずです。大丈夫、鈴野川女史の実力なら、あのニルヴァーナ司令も納得するはずです。翌日、貴方は非番となりますが、NPCとして活動してください。ティターニア基地の職員であるエリーナという女性となり、一日事務仕事をしていただきます。そこで彼、香月佑と会う事で、記憶の一部が開放されます」
「彼の事を思い出すんだな」
「ええ。そして恐らく、彼もあなたの事を思い出すでしょう」
「本当か?」
「確証はありませんがそうなるはずです」
「わかった」
私の言葉に頷き、カミラは機器の操作を続ける。そしてまた私に向き直って話し始めた。
「一つだけ、特殊な能力を獲得できるのですが、どういったものにしましょうか?」
「視力だ。誰よりもよく見える目をくれ」
私は即答していた。香月の相棒となり、彼の目となりたかったからだ。
「了解しました。視力は7・0に設定しました。これはもう、昼間でも星が見えるような視力ですね」
「ありがとう。ではやってくれ」
「わかりました」
カミラが赤い大きなボタンを押した。
その瞬間、私は虹色に光に包まれた。
光量が凄い。眩しくて目を開けていられないのだが、瞼を閉じていてもその強烈な光は消えることが無かった。その光に翻弄されながら、何かの猛烈な流れに巻き込まれた。それは川の濁流にのみ込まれるような感覚だったのだが直ぐに収まった。
目を開くとそこには小柄な女性が立っていた。
色白な日本人。黒いショートヘアで鋭い眼光が印象的だ。
「君か。これからよろしく頼む。私が基地司令のニルヴァーナだ」
「マリカ・サイード・
私は彼女と熱い握手をかわした。これから戦闘機パイロットとして、私はこのティターニアを守らなければいけない。
「早速だが君の適正をテストさせてもらう。私と一緒に飛ぶぞ」
「了解しました」
基地詰所からすぐ傍の滑走路へと向かう。そこは青々とした芝が広がる舗装していない滑走路だった。駐機場には二機の戦闘機が発動機を回して待機していた。
「マグノリア。準備は良いか?」
「ああ。彼女は?」
「新任の鈴野川女史だ。今日はスピットだが扱えるな」
「任せて」
マグノリアと呼ばれた整備士を握手をし、私は梯子を上ってコクピットに座った。眼前には光像式照準器の丸いレチクル環が光っていた。
2000馬力のグリフォンエンジンが唸り、機首の排気管から黒煙と炎が噴き出した。私はニルヴァーナと共に、ティターニアの空へと舞い上がった。
【おしまい】
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