第14話 方向音痴

 これで何もかも解決。とはいかない。結局自然な形で隣に平然と歩きスマホをしながらニコニコする早乙女が居る。どうしても1人が嫌らしいな。


 ……この件に関してはもう何も言うまい。


 18時にしては快晴も相まってまだ陽光は差している。東へ進む俺達の背中に差すので、長く伸びた影が人通りの少ない今この通路に映る。身長差は頭1つ分であり、それが倍程度に増えている。そんなことでも早乙女に勝ててると思うと、わけもわからずニヤついてしまった。


 「隣の変態が、いきなりニヤついて更に変態になったんだけど、どうしたら良いかな?」


 それを見ていた早乙女は目を見て、何とかしたいから解決法を教えろと言ってきた。顔の左半分がオレンジ色に染められているのに、全く眩しそうではない。むしろ生き生きしている。


 「それを本人に聞くなよ。それに、お前も十分ニヤついてた。なのに俺だけキモいはないだろ」


 まぁ、これだけの美少女でこんな性格なんだ。自信を持たないで謙虚だったら逆に鼻につく。美少女として短所がない完璧な人なので、それはそれで俺はウザいと思うけどな。


 「私は笑ってたんだよ。ニヤつきとは全然違うよ」


 「……確かにな。納得するから不意に正論言うなよ」


 「はーい、私の勝ちー」


 「勝負してないんですけど」


 ニヤつきと聞くとマイナスなことを思い浮かべるが、笑顔と聞くなら逆だ。なんなら美少女という最強のサポートがついてる。もうキモいわけがない。


 俺を茶化してはすぐに歩きスマホに戻る早乙女。何をそんなに調べるか、見ることがあるのか理解不能の俺はちょっとした興味が湧いた。


 「そんなにスマホ触ることあるか?」


 画面は覗かない。文字を打つ素振りもないが、友達のプライベートが表示されてる可能性もある。


 「いやー、私も出来るなら触りたくないけどさ、こうやって道を衛星画像で上から確認しながらじゃないと正確に道を覚えられないんだよね。だからダメだって分かっててもやっちゃうの」


 「そうか、方向音痴だったもんな……」


 方向音痴とかそんなことより、正直俺は自分1人で帰ろうとしていたことに驚いていた。出会って1週間も経過してない関係だが、絶対に自然と覚えるまで付き合わされると思っていたので、これはこれで予想外。


 指の動きもそこまで無いと思っていたが、まさかこんなことをしていたとは。


 「しっかりしてるとこはあるんだな」


 「一応完璧美少女やらせてもらってるんで、これぐらいはね」


 「何も関係ないだろ」


 「ひたむきな努力だよ。あー、凡人月待には分からないか」


 「方向音痴のひたむきな努力なんて知りたくないわ」


 何か引っかかればすぐに俺を貶そうとしてくる。遊び道具を見つけた幼い子供のように。これの上位互換がドSで、更にその上がサイコパスだな。


 「ところで、今気になったんだが、いつから方向音痴なんだ?やっぱり生まれつきか?それとも気づいたらいつの間にか方向音痴だったのか?」


 「そんなの気づいたらに決まってるじゃん。だから生まれつきかもしれないし、突然にかもしれない。でも言えるのは、私は、人と比べてめちゃくちゃ幼児期健忘が遅かったらしくて、小学生になる前のことをほとんど忘れちゃったから、正確なことは分からないってこと。唯一幼馴染が居たことは覚えてるけど顔も名前も思い出せないんだよね」


 「そんなことあるんだな。幼児期健忘か……幼馴染もいつか思い出せるといいな」


 俺にもあっただろうが、その前の記憶を無くしてるなら有無は結局分からない。でもきっと、俺は何かを忘れている。確実にだ。この胸のモヤモヤを含め、ぽっかり空いた空白の期間がそれを証明している。


 思い出そうとしたら邪魔されるように忘れていく。俺も思い出せるなら思い出したいんだがな。


 「うん。何か手がかりとかあればいいけどそれすら無いし。いっそ、月待が幼馴染だったら何もかも解決なんだけどね。相性も良さげだし?」


 「相性が良い?どこを見てそう思うのか分からないが、残念なことに、俺に笑舞と太陽以上に仲のいい友人は居ないんでな。幼馴染なんて居ないから可能性はゼロだ」


 笑舞は幼稚園で出会い高校で、太陽は中学生の時から仲が良くなったので幼馴染とは言い難い。俺に幼馴染は存在しないのだ。だが、残念とは思わない。


 「えぇー、そんな冷たいこと言わないでよ」


 「事実だから冷たくても受け入れるしかないだろ。探すのに協力は出来ても、本人になることは出来ないからな」


 「……泣いてやろうかな」


 「また冤罪なすりつけるのか?」


 「またってひどいな」


 「ひどい男だからな」


 「認めちゃったかぁ」


 流れるような脳死会話。これで相性がいいというなら頷けるが、一方的に悪いと言われてそれを認めるだけの関係なら相性最悪というだろう。


 今まさにその状態なんだよな。


 「とにかく、今聞いた話から思うが、幼馴染も方向音痴も問題はあるみたいだけど、歩きスマホはやめろよ」


 「でもこうしないと帰れなくなるもん」


 「……それは……早乙女が覚えるまで俺が付き合ってやるから、自然と覚えれるようになってくれ」


 今までもこうしてきたんだと思うと、いつ事故に遭ってもおかしくないと思った。交通事故に1度遭ってる俺だからそういう危機感には敏感だ。容姿の整った女の子なら危険度更に上がるだろうし、問題が起こる前に対処しなければ。


 そんな思いで提案した俺を、今度こそニヤニヤしながら俺をの顔を覗く。そして「いいの?」なんて聞き返すことなく――。


 「やっぱりツンデレじゃん!ありがと!」


 「俺ってブラックリストに入ってるんだろ……?」


 「都合のいいように使うのが私流なのさ!」


 「……先が思いやられるな」


 こうして俺と早乙女の、帰り道覚えるまで一緒に下校しましょうが始まった。

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