第12話 キーホルダー
電車に乗って早5分、若干開けた窓の外から入る風が窓側の早乙女の髪を靡かせては、気持ち良さそうな表情をさせている。早乙女はスマホをいじってはクスッと突然笑い出す。
スマホの画面は覗けるが、人のプライベートを覗く可能性があるので基本俺は覗かない。タイミング良くメッセージ通知が来たりしたら気まずくなるかもしれないし。
そんな時、何かに気付いた様子の早乙女はスイッチが切り替わったかのように目をカッと開きスマホの電源を落とす。サラサラの艶のある髪が頬をこそばゆく撫でる。
「このキーホルダー、月待に似合わないね」
「……いきなり動くから何事かと思えば、そんなことかよ」
俺のリュックにつけられた真っ白の砂時計のキーホルダー。それに目を奪われたらしい。驚きとは似合わない気づきに俺は次からはこれが普通だと思うことにした。
スマホを持たない左手でジャラジャラと音を立てて触る。劣化することも壊れることもない程度の優しい触り方。珍しいものをつけてるね、といった面持ちにも見える。
「自分で買ったの?」
「いいや、交通事故に遭ったって言っただろ?その俺が入院してる時、今でも思い出せないけど誰かが俺のお見舞いに来てくれて、その時に貰った?やつなんだ。正確な記憶じゃないから曖昧だけどな」
貰ったとは確信出来ない。去年ぐらいに両親に聞いたが忘れたとのこと。だから、もしかしたら父や母が俺に買ってきた可能性もある。でも不思議と誰かから貰ったのだと思い込んでる自分がいる。
両親ってなったらキーホルダーとかじゃなくて、俺の趣味に合わせた漫画とかの退屈しのぎの物を買ってくるだろうから、0に近い可能性だしな。
「大切にしてるんだね」
「気に入ったのもあるし、何よりもお見舞いに来てくれたことが嬉しかったからな。担当医に聞かされて知ったお見舞いだし、顔も知らないけど会えるなら全身全霊で感謝を伝える気ではいる」
「月待って律儀で優しい人だったのか」
「当たり前のことだろ」
「いやいや、お見舞いに来てくれただけで感謝伝えるなんて、今でも思ってる人そんなにいないでしょ。それに曖昧な記憶なのに」
そうなのだろうか。俺は俺の当たり前の世界で生きてるので分からないだけか?誰であれ嬉しいことをされたのならありがとうの1つぐらい言うと思うのだが。
俺は無意識に、何を言っているの?という意味を込めて首を傾げていた。決してバカにしてるわけでも、性格が悪いという思いを込めたわけではなく、当たり前が当たり前ではないと耳にしたから出たものだった。
「それなら逆に感謝する気になるぞ。感謝を伝える相手が分からない。でも、俺を知ってる人なら身近に居るかもしれない。そう思ったら探したくなるんだよ、男って生き物は」
「私は純真無垢な女の子だから分かりません」
「ならこの話は終わりだ。久しぶりに思い出したら気になり始めただろ」
今度は俺がキーホルダーを手でジャラジャラする。同時に考え事もしていた。誰だっけ?と、出てこないのに無意味でも。
「ちなみに、それって女の子?男の子?」
「聞いたとこによると女の子らしい。でも担当医も出ていくとこを見たぐらいだからはっきりとは分かってないらしい」
「なるほどなるほど、それならその子は月待の初恋の相手ってことかな?」
この手の話になると、女子はウキウキになると言うが、天真爛漫な早乙女は更にそれが強化されたバージョンのように目の奥までがキラキラしている。ここに来て1番の興味を抱いたのだろう。
「顔も名前も知らない人に恋するかよ。妄想の中で出る理想の女の子がその子なら全然恋するけど、未知だとな……」
「ええー、それならその相手が私だったらどう?」
「感謝だけ伝えて恋はしないな」
「待ちな、君が私のような美少女に恋しないわけがないだろう?ならばそこは恋するって正直に言うのが男じゃないのかい?」
「何言ってるんですか。冤罪ふっかけ女がどれだけ美少女でも、俺は許さないタイプですよ?増しては変態とまで言われるんですから恋なんてしたくないですよ、ははは」
最近こそ少なくなってきたが、巷で痴漢の冤罪が多発していた時、駅員や警察まで連れて行かれたらその時点で敗北が決められる世の中だったらしいが、その時なら俺は完全にこの早乙女という女に人生を壊されていただろう。
痴漢では無くとも、女子が嫌がる素振りを見せて男と揉めてるとこを見ると、顔の釣り合いからカップルでは無いと決められて、最終的には変態呼びから痴漢と決められるだろう。時間が違えば変態ってレッテルを貼られるだけじゃ済まなかったことだ。
「やれやれ、君もまだ私の魅力に気付いてないのか」
「魅力?似合わない言葉使うなよ。あっ、もしかして冗談ですか?ははは、まったく冗談が上手ですね、早乙女さんは」
「あれ、なんか君を殴りたくなってきた。一発良いかな?」
「暴力反対。魅力が無い自分を責めてくれ」
「ふんっ、後悔するよ」
呆れたように窓の外をプイッと見る。これが今日1番顔の距離が離れた瞬間であり、1番心の距離が近かった瞬間でもあった。
「その時が来るといいな」
「もしも後悔したら正直に言うんだよ?」
「それはどうかな。そもそも後悔させるってどんなことするんだよ」
無策で言葉だけ発するタイプの早乙女。前回も初対面の行きの電車を降りたあと、追求についても考えなしだったし。聞けば答えるのか、俺にはNOの文字が出ていた。
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