第11話 帰宅

 ――時は放課後まで進む。朝方、謎の笑みを俺に向けてきた早乙女は今、俺の隣にいる。2日目にして当たり前のように一緒に帰ろうと誘って来たのには驚いたが、方向音痴を知るのは俺だけで、それも家が近所という奇跡も相まって呆れることはなかった。


 そもそもこの女子は天真爛漫であり自由人。多分、俺が自分のブラックリストに入ってることを忘れているのだろう。なついたペットを掌の上で踊らせるように俺を扱ってくる。


 俺は全然この女子を心の底からよく思うことは出来ていない。ってか今のところ無理だ。


 「気になることがあるんだけど」


 教室でも校門を出てからでもなく、既に駅のホームに2人横並びで待つ時に俺は問いかけた。仲がいいなんて思われて嫉妬の目を向けられたりするのは好きではない。だから俺の後ろをしっかり付いてくるという理由をつけてこの場にて合流した。


 「なになに?」


 スマホに目を落とし、聞く耳なんて持ってませんよ。と言わんばかりの無心の返答。俺はスマホを奪い取ってでも聞かせてやろうかと思った。


 しかしそんなことでブチブチ血管を切る寸前まで行く俺ではない。その手前で止まり、聞いてもらえることに感謝してポジティブに捉えた。


 「朝のホームルーム中に俺を見てニヤニヤしてただろ?あれになんの意味があるのか気になったんだよ」


 「ホームルーム中に……あー、思い出した。あれね」


 右手でスマホを持ち、そのまま俺に右手で俺を指差す。


 「あれはこの学校が楽しいってことを伝えたかったから月待を見たんだよ」


 「……それだけ?」


 思っていたより意味もないことだったが、そんなこともないと、次の早乙女の言葉で確信する。


 「それだけってヒドイなー。私は前の学校ではイジメられてたんだよ?だから今の私には些細なことでも嬉しいの」


 プクッと膨らませた頬に、不覚にも可愛いと思ってしまった。内容はどうであれ、幸せの感じ方は十人十色。今の早乙女には明るくて楽しい当たり前の学校生活が幸せなのだろう。


 「そうだったな、ごめん。でも2個も後ろにいる俺を向かなくても良かっただろ。どうせ帰る時はこうして会うんだから」


 俺の席の前にいる女子生徒が困るだろう。俺なら窓の外を見ながら早く前を向けって思ってしまう。まぁ、幸せを得すぎた早乙女には関係ないかもしれないが。


 「それは月待が誰と話してるのかってのも気になったからってのもあるかな。おとなしそうではないけど、人と関わるの好きでもなさそうだからさ」


 「なるほどな。でも、流石にそんな人でも友人ぐらいいるだろ。隣の席の人と話さないってこともないしな」


 「隣の子だったんだ」


 「ああ。昔からの縁でな。高校に入ってから話すようになったんだ。幼稚園からずっと同じ学校に通ってたけど話すことなかったし、これもまた珍しい関係ってやつだ」


 「へぇ、不思議だね。名前はなんて言うの?」


 「朱宮笑舞」


 「めちゃくちゃ可愛いじゃん!」


 聞いた瞬間の反応だった。飛び跳ねるように名前から顔を作り上げたかのように笑顔を見せる。確かに笑舞は可愛いが、早乙女はまだしっかりとそのご尊顔を拝めてないらしい。実に勿体ない。


 「好きな時にでも話しかけに行ってやれよ。多分嫌がる素振り見せながらも、なんだかんだ関わってくれるツンデレだから楽しいぞ」


 「ツンデレか……確かにいいね。月待はツンデレ好きなの?」


 「嫌いではないな。ツンの割合にもよるぞ。早乙女みたいに理不尽女のツンはどんな割合でも拒否だけどな」


 「言うねー。それはこっちから願い下げだけどね」


 「どの立場から言ってるんだよ」


 「月待よりワンランク上の立場から」


 「女王様が……」


 なんの対抗心か分からないが、勝手に向けられても勝負をしていない俺には悔しさなんて生まれない。むしろ、そうやって頑張る早乙女を見て可愛いと思いながら眺めている。


 まだ電車は来ない。話が途切れることも無さそう。別に1番と言えるほど気にしたところでなのだが、早乙女と一緒のとこを誰かに見られるのはよろしくない。


 そもそも女子とは例のモヤモヤのせいでろくに会話も出来ないので、聞かれる前に逃げるなど、対処法はいくつか持ち合わせている。


 いつか無意識にこれが解消出来るならいいが。


 それから5分ほどして電車はやって来る。1分もズレがないのが良いところだ。横並びで乗車し、流れるように空いた椅子へと座る。もちろん早乙女は俺の隣に座る。


 「お前……ホントに俺のこと嫌いなんだよな?」


 堂々と肩を枕にしてくるので流石にライン超えだと思い聞いてみる。悪くはないが、気にはなる。


 「楽だからこうしてるー。使えるものはどんどん使わないと、でしょ?」


 「……それにしては今日は俺にカバンを持たせなかったな」


 「私にだって良心はあるよ。流石に使いすぎも良くないでしょ。月待がドMなら別だけど」


 肩に載せたまま上目遣いのように顔を覗いてくる。不意にこうした女子っぽい一面を見せるのは反則級だ。誰だってグッと感じるものがあるはずだ。


 俺がドMなら……その路線もありだが想像すると気持ち悪いので拒否。ドSでも無いので中立的立場だ。


 「早乙女はツンデレじゃないんだろうなってのが分かったわ」


 「好きってこと?」


 「んなわけ」


 「でーすよねー」


 根は真面目で、素直な性格をみせるので、頬を赤く染めるなんてことは滅多に見なさそうだ。見れるなら俺の気持ちに変化がありそうだが。

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