第10話 幼馴染ではない友人

 翌日、学校には1人で来た。登校の際、早乙女と会うことはなかったが、教室に入るとそこには既に早乙女の姿があったので結構余裕を持って出たのが分かった。


 思ってるより生活習慣に毒は無いタイプなのかもしれないが、どれだけ良い印象を持つようなことをしても俺の思いは変わらない。


 早乙女には面倒をかけられることしかないと、このクラスで俺だけが知っている。頼むからこのクラスの陽キャたちよ、早乙女と関わりまくってくれ。


 そんな願いを胸に、窓側1番後ろの自分の席に座る。40名の中で俺が思う唯一の勝ち席だ。


 完全くじ引きで決められたので運は良いらしい。それも1番目に引いたのだから相当な運を。


 そんな席で、いつものように教科書を机にしまっていると遅めの登校である隣の席のボスがやって来た。


 「おはー颯」


 「おはよう。相変わらず社長出勤だな」


 時計は8時20分を指しており、ホームルームが始まる時間とぴったりだった。しかし20分ジャストに始まることはなく、いつも数分遅れで始まるので彼女はギリギリを攻める。


 155cmの身長に若干紅い髪をショートカットにしている。パチッと開いたまんまるな目に、気怠げな雰囲気を醸し出す彼女はスマホをいじりながら隣の席にストンっと腰を降ろした。


 絶対に軽いだろう体からはドスって音は聞こえない。柔らかくてお淑やかな音だけが聞こえる。もちろん良いように錯覚してるだけだ。


 「ギリギリに来ないで何するって言うの?学校なんて寝るために来るとこでしょ。そんなとこに早く来ても意味ないって」


 「変人め」


 「私からすれば颯の方が変人に見えて仕方ないね」


 「まぁ、それもそうだな」


 スマホに目を向けながら俺と会話する。誰にでも平等に接し、顔から性格まで男女共に人気のある美少女。そう、これがうちのスクールカーストトップだ。


 「それよりあれ、昨日からすごいよね」


 俺の2つ先の席に座る美少女を見ろと、目で合図する。そこには机を四方八方囲まれた早乙女が居た。今日も朝から質問攻めらしい。


 「容姿が整ってるからな。それに転校生ってのも相まって気になるんだろ」


 「だね。でも、あんなに可愛かったら大変なこと多そうで私は遠慮するよ」


 「似合わないもんな」


 そう言う彼女の名前は――朱宮笑舞しゅみやえま。俺と同じ幼稚園に通っていた昔からの友達だ。しかし幼馴染と言えるほど当時の距離は近くなかったので、お互いに幼馴染とは思っていない。


 俺が事故に遭ってから、俺の意識が戻ると同時にお見舞いに来始めたらしい。そこからだんだんと今の距離感へ縮まったのだ。


 いつも気怠げで、基本何事にもやる気を持たない。が、そのくせに動けば運動神経抜群で、頭を使えば学年一桁をキープ出来るほどの秀才なのだ。


 おい、神は天に二物を与えずって嘘かよ。


 「でも笑舞も入学当時は同じ反応されただろ。感慨深いとか思わないのか?」


 俺は笑舞、笑舞は颯と、お互い下の名前で呼び合う。これは小学校から自然と築かれたものなので恥じらいや特別な感情もない。ただ、呼びやすいからってだけのありきたりな理由だ。


 「なーいね。私の時と今の早乙女ちゃんじゃ、天と地ほどの差があるよ」


 「謙遜か?俺には同じに見えるけどな」


 女子は仲のいい友達以外に褒められると謙遜をするのが普通と聞く。特に容姿は謙遜以外の道を選ばないとかなんとか。俺、仲いいはずなんだけどな。


 「さぁ、どうだろうね。好きなように思いなよ」


 「そういう時、だいたい当たってるよな」


 「私は、いつまでもマニュアル通りにはいかないよ」


 「それもマニュアル通りだけどな」


 「……私のことに詳しくなりやがって。嫌いになるのも時間の問題かもね」


 「復縁はありですか?」


 「もちろん無しです」


 「んじゃ、やめとくわ」


 担任が来るまではいつもこうだ。なんの利益も生まない会話を続ける。昨日から無意味な会話が多過ぎて、意味のある会話をするってどういうことか分からなくなってきた。


 しかし早く来いよとは思わない。それだけ話を聞く時間が少なくなるのだから。


 「颯はどう思う?早乙女ちゃんのあれ」


 今度は肘をついて、スマホをいじることをやめた笑舞が俺を見て聞いてくる。


 「何とも。ただあの真ん中に行って『俺、早乙女と友達なんだよ』って言ってやりたいとは思うな」


 「友達なの?」


 「そんなわけあるか。もしもの話だ」


 「ふーん、面白くないなー」


 身の回りにいる女子はみんなこうなのか?俺に何を求めてるか知らないが、きっと理想郷の中の俺に求めることを現実の俺に求めているのだろう。しかしそんな求めるものに応えることは出来ないと思うのが本音だ。


 目を逸らしてスマホはいじらない。担任も教室へやってくる時間だと理解しているからだ。校則違反は何もないが、授業中のスマホは没収と成績に関わるので触らない。


 そしてすぐ、担任が教卓へ来る。それまで早乙女を囲んでいた生徒は注意されたが、のほほんとしていた。学生なんてそんなもんだろうと思いながら、俺は早乙女も怒られてくれないかな、なんて思っていた。


 もちろん冗談だが。


 始まったホームルームでは何も連絡事項は無かった。ならなんでそんな遅れたって思っていたが担任のトイレが重なったらしくクラスメートを笑わせていた。


 その中で1人、何故か後ろの俺を見て一瞬目を合わせるとニヤッとして前を向く人がいた。


 何がしたいんだよ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る