第6話 相性
「あー、だからネクタイの色にも気付かなかったのか」
「うん、それもそう。学年で何かしら色を分けられてるとは思ってたけど、ネクタイだって知らなかったからね」
「言っても、あの時色違いで区別出来るものってネクタイしかなかっただろ。今もそうだけど」
「あのね、今はもう慣れてるからそう言えるかもしれないけど、右も左も分からない人からしたら意外と分からないものなんだよ」
「……そうなのか」
言われて分かることがあるように、今まさにそれだ。自分が早乙女の立場になれば、きっとネクタイで学年を分けてるなんて分からないだろう。
自称賢い早乙女でもそうなら、自称賢くないアホの俺が理想的な手順でネクタイで区別してるって分かるはずもないな。
賢いってすげぇ。
「はい、これで1つ賢くなった」
「そんな簡単に飲み込めるほど、俺の頭は柔らかくもシワシワでもないぞ」
「それならそれで、私には関係ないけどねー」
「ですよね」
まだ1日目だ。それなのにこんな楽な会話が出来るなんて、正直驚きの連鎖でバク宙しそうだ。コミュ障でもコミュ強でも、誰にでも共通するのは相性の良く、会話しやすい人と仲良くなりたいという気持ち。
まさにそれが具現化されたのが、今隣に居る早乙女だ。
マジでバケモノだな、美少女って。
「ってか、聞かれたくなかったら悪いが、なんでこんなタイミングで転校なんだ?」
転校の理由なんて様々。親の都合や、自分のこと。どちらにせよ、いい意味での転校なんて稀だ。だから聞かれたくないことを抱える人も多い。
「それはね、手続きに手こずっちゃったから始業式に間に合わなかったの。うちの親が名簿帳を見てから何かを考え込んだってだけで、私は何も手こずってはないけどね」
「ふーん。もっと奥に踏み込んでいい?」
「転校理由を知りたいの?」
「その通り」
「転校理由は――良くあるイジメってやつだよ」
雰囲気も声色も何も変えず、嘘を付く気配もなく正直に教えてくれた理由は、再び俺を驚かせた。そしてじわっと冷や汗も出てきたほど、聞いてはいけなかったかもなと思った。
しかし、早乙女は全く気落ちすることはなく、むしろハキハキとそのことについて話し始めた。
「でも、全員女の子だったから力で捻じ伏せてやったの。それに殴る蹴るって行為はあんまりなくて、陰湿なことばかりだったから、逆にそんなことして何が楽しいって煽ったら次の日から個人から集団化しちゃってね。だから流石に無理だって思って逃げてきた結果、今に至るってわけ」
「……聞いて悪かったな。思い出したくなかったことを思い出させて、ホントに申し訳ない」
「ええっ、いきなり真面目くんにならないでよ」
「なんだよ。誰だって謝るだろ、イジメで転校して来た人に理由を聞いたら」
「んー、それもそっか」
もしかしたら、と、頭の中ではあった。でもこんな美少女がイジメられる学校もあるんだと、改めてこの世界の仕組みが分からなくなった。
「じゃ、もう1回謝ってよ」
「なんで」
「いいから」
「……ごめん」
「はい、許しません」
「……何がしたいんだよ」
「えへっ、なんとなく?」
「マジで早乙女って分からないな……」
あーダメだ。美少女の笑顔は独り占めするものではない。自分に向けて笑顔を見せてるんだと思うと、それだけでドキッとしてしまう。こんな変人ですら、今イジメ云々の話を聞いて同情してしまったがために、可愛いと思ってしまう。
実在するんだな、美少女って。
「私からすれば月待も分からないけどね。こんな美少女を前にして、ちょっとした嫌悪感を出せるってすごいことだよ?」
「それは出会い方が最悪だったからな。一方的に俺が悪いって言うから、この女とは絶対に関わらないって決めてたぐらいだし」
「うわっ、言うねー。私も今からそうしようかな」
「なら1人で帰れよ?迷子になっても助けるなんてことは絶対にしないからな」
「はいサイテー。老若男女関係なく、困ってる人は助けるのが当たり前でしょ?」
「なら関わり方を改める必要がありますね、早乙女さん」
「それは……そうかもです、月待さん」
何だこの会話は、って思うのが普通。だが、こんな意味のないバカらしい会話でも、興味のない人間とする意味ある会話より、全然マシだった。
愛想笑いもしないでいい関係は理想だ。
そんな会話を続けながら俺たちは歩き続ける。こちら側へ帰宅する生徒は駅関係で多いが、この時間――部活をせず帰宅する生徒は多くない。
だから初日から転校生と仲良く帰るとこを見られることも少ない。
見られたなら幼馴染とか勘違いされそうだ。そんな時、俺たちは今日が初対面って知ったらどんな顔をするだろうか。俺のコミュ力を褒める?早乙女の人を選ぶセンスをバカにする?
多分、羨ましがってそれで終わりだな。特に男子からのヘイトが大きそうだ。今日1日早乙女の机が囲まれていたところを思い出すと、毎時間必ず居た男子生徒も居た。
ってかアタック速すぎな。
今後、俺が早乙女と学校で仲良く関わることはあるのだろうか。いや、それは成り行きだな。今考えたってどうしようもない。ケセラセラってやつだ。
そして、日が暮れる中俺たちは揃って駅の中へ入っていった。
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