第5話 お嬢様性格

 そんな俺に誰一人として視線を向けることはなく、美少女の力は途轍もないと実感した。中々おかしなことをしているつもりだが、美少女を前にしてはしゃぐクラスメートには気にする価値も無かったようだ。


 助かるといえば助かる。


 それにしてもやっぱり転校生だった。他クラスでこんな盛り上がる美少女が、学校生活をのんびり過ごせるわけもないので俺の意識外に居るはずも無かった。


 朝から良くないことだらけだな……まじで。


 唯一の良い点は、美少女と話せたこと。最悪な出会い方でなければ誰にでも自慢して、今ここで、さっきの人じゃん!とマウントを取りたいほど整った容姿だ。


 しかし、今の関係は最悪だ。どれだけ美少女でも性格が噛み合わなければ、今後同じクラスで接するにあたり大きなデメリットを抱えながら生活することを強いられる。


 まぁ、そこまで深刻に考えなくても時間が解決してくれるだろう。


 それから俺は担任が早乙女について話し終えるまで額をつけたまま、顔を上げることはなかった。


 ――毎休み時間、早乙女は机を囲まれてはトイレにも行けず授業の準備も出来ずでてんやわんやだった。もちろんホームルームが初対面という設定の俺は助けてやろうとは思わなかった。


 そして今、放課後に至るのだが。


 「何してるんだ」


 下校時間になり、部活に所属しない俺は颯爽と教室を出た。するとそんな俺よりも先に出ていた早乙女は校門付近で1人、何かを待つように立っていた。


 話しかける必要もなかったが、眉をひそめて困り顔を作る早乙女を前に、俺の良心が動かないことはなかった。お節介と思われれば別にそれでいい。ただ、家に帰ってこのことを思い出してなにか言えば良かったと後悔するよりは良かった。


 白を基調としたデザインのバックを背に、白のブレザー。露出する肌も白くて本当に容姿だけなら美少女として完璧だと思う。


 「おっ、来た来た」


 「俺を待ってたのか?」


 「うん、そうだよ」


 俺に気づくとすぐにパァっと表情に明るみが戻る。


 こちらを向くことで沈み行く夕陽に照らされる早乙女の正面は見ていて得をした気分になる。


 「私、方向音痴でさ、ここから帰り方分からないんだよね。そこで思ったの、私って月待と同じ駅からここまで来たじゃん?なら、月待を待てば帰れるかなーって」


 朝とは別人のような雰囲気と表情と言葉遣いでグイグイ距離を詰める。女子に対しての耐性が並の男子より圧倒的に低い俺には刺激が強い。


 「方向音痴……似合わないな」


 「でしょ。なんでも完璧に出来る私だけど方向だけはね」


 「うわ……」


 「何?うわって。本当のことだから鼻にかけて何が悪いの?」


 「うわぁぁ……全然無理なタイプだ……」


 「大丈夫、私は朝からずっと月待は無理なタイプとしてブラックリスト入りしてるから」


 本気で無理とは思ってない。が、このまま鼻にかけ続けるならウザくは感じるだろう。でも、それは自分自身の努力の結果なので、容姿以外を鼻にかけるなら俺も理解はある方なので心の底から思うことはない。


 「言っとくが、俺は本当にマネしてないからな。早乙女が話しかける前に同じこと言おうとしたのも事実だ。その上で俺が一歩引いて罪を認めてやったんだからな?感謝してほしいぐらいだ」


 「あざーっす」


 俺の話を上の空で聞くように空を見ながら、気持ちなんて全くこもってない感謝をする。感謝って言えるか怪しいが。


 「……お前、その性格嫌われるぞ……」


 「月待に対してだけこの態度だから心配無用」


 「あっそ」


 お前に嫌われても痛くも痒くもないですよ、と言わんばかりに適当。どこまで行っても早乙女はその性格を俺に向けることに抵抗はないらしい。


 でも俺も、不思議とこの空気感が嫌いではない。気兼ねなく、自由に好きなことを言い合える相手というか、気を使うことも少なくてストレスを感じない。


 だから会話を続ける。


 「ほら、帰るんだろ?早く帰りたいからもう行くぞ」


 「おっけー、ありがと」


 今度はしっかりと気持ちのこもった感謝だ。


 地面に置かれた学校指定のカバンを手に持ち、少し先に歩く俺にすぐに追いつく。そしてそのカバンを俺に差し出してきた。


 「はい」


 「持てって?」


 「それ以外何があるの?」


 「……堂々と言えるその根性だけは尊敬するわ」


 結局、早乙女の何もかもと真反対の色をした黒カバンを持たされることになった。有無も言わせないこの圧には、流石に敗北した。


 俺も朝のことは悪い部分があったと思うので、こうして持ってあげるが、会って1日目でこんな奴隷扱いされてあげるのは正面優しいと思う。


 お嬢様に仕える人ってこんな気持ちなのか?分からないけど多分似たようなものだろ。


 そうして春の暖かさを全身に感じながら歩き出す。早乙女は手ぶらなので、両手を体の後ろで組んで楽しそうに鼻歌を歌っては満足気な笑顔を見せる。


 歳相応の行動にホッコリする感情が浮き出ていた。


 「そういえば、いつの間に敬語使わなくなったんだ?」


 鼻歌だけでは聞くには癒されていいが、俺自身暇だったので何か話したかった。


 「月待が年上か年下か同い年かなんて分からないから、朝は一応敬語使ってたけど、同い年の変人って知ってからは使う意味が無くなったからね。だからラフな話し方ー。それになんか月待とは相性いい気がするからラフな話し方ー」


 「類は友を呼ぶ。俺が変人なら早乙女も変人だな」


 気怠げに答える早乙女の言うことはとても共感出来た。相性が良い……それは同じなんだよな。

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