第3話 ゼロ距離と名前
「それじゃ、許さないなら俺に何を求めるんだ?そんなに怒っても何も出てこないぞ?」
マネされたことには黙って、後日にでも友人に俺がキモいと噂して回ればいいものを、わざわざ面と向かって言う理由が俺には分からなかった。
結局は謝罪と反省を求めるから、こうして目の前で理不尽にも嫌悪感を顕にしているはずだ。実際は冤罪であるが、先に言ったもの勝ちの勝負に負けた俺は文句も言い訳も言わない。
「それは……」
考えなしだったようで、案の定、弱々しくなった態度は女の子らしい。
「ほらな、許す許さないで済む話を、広げて利益を得ようとするからそうなる」
「別にそんなこと考えてません」
「はいはい、そうですかー。ってかこんなとこでこんなやり取りしててもメリット無いから、もう好きなように俺が変態だったって言って良いぞ」
「ふんっ、そんな子供みたいなこともしませんよ」
「それは良かったでーす」
一方的に俺の意見も聞かずして悪だと決めつける時点で子供のような気もする。我儘を聞いてやるのも高校生としての対応としては正解だな。
俺は電車が発車すると共に、彼女に背を向けて改札へ向かう。もうこれ以上関わるのはゴメンだ。俺個人に対して言われる面倒事は、電車を遅延させる人たちよりもたちが悪いと今日初めて実感した。
朝から疲れるな……。
どうせ広められてもそういう人間だって思われるだけで、初対面ではないクラスメートにはすぐに消え去る俺の特徴になるだろう。今更美少女をマネする変態と言われても、1年以上も共に、同じ教室で勉強をした仲なら笑い話になる程度で済む。
俺の勝手な思い込みであり、理想郷での話だが、多分現実も大差ない。人は、噂に敏感で興味を抱きやすくても、聞いてしまえば興味が薄れるものだ。
秘密という言葉に敏感なのも同じだ。
「なぁ」
ピタッと階段を降る直前で1度止まる。ゾロゾロと同じ学校に通う生徒が横を通り過ぎる中、そんな不自然なことをするのは俺1人だが、止まることでもう1人巻き込んだ。
グルッと振り返り、目と目を合わせる。
やはり美少女だ。それも可愛い寄りではく見た目はクール美人寄りのキリッとした目つき。何かを思い詰めているのか、先程のくりっとした目は何処かに旅行中らしい。
こいつ可愛いとクール美人を備えてんのかよ。敵なしだな。
「俺の真後ろでストーカー行為はやめてくれないか?」
「いきなり止まって何を言い出すかと思えば……ストーカーなんてするわけないじゃないですか。自意識過剰も甚だしい」
自意識過剰と言う言葉の意味を調べ、今の自分を客観的に見て言ってもらいたいと、これほど強く思ったことはない。これぞまさにブーメラン。今日初対面にして2度目のブーメランに芸術を感じるな。
「……それなら真後ろはやめてくれ。せめて距離をもっと伸ばすか、先に行ってくれると助かる。自意識過剰なのは申し訳ないが、ゼロ距離に等しい距離で付いてこられたら気になるんだ」
彼女は俺の真後ろ、それも急に振り向けば肩が当たるほどの距離に詰め寄っていた。これで自意識過剰とかバカを言うのだから、誰だって反対する。
そもそも不審行為だって分かってないのか?全然読めない女子だな。
「分かりました。では距離を取ります。なので先にどうぞ」
「はいよ」
こうして階段に一歩目を踏み出すことがやっと出来た。振り向かずとも気配でゼロ距離には居ないと把握する。言わないと実行しないタイプの厄介女子高生なんて、絶滅危惧種だろ。
カツカツとローファーで音を立てて下る途中に、何度も彼女が頭の中を過る。不思議ちゃん過ぎて残ってしまったらしく、初対面からインパクトのある接し方をされたので、嫌でもあの堂々とした態度に鼻を鳴らす彼女が思い出される。
改札にスマホを翳しスムーズに通り過ぎる。気になって後ろをチラッと見ると、彼女側から見て右側の、俺と真逆の改札を通り抜ける。
こんなとこでも俺と同じは嫌らしいな。
そんな彼女を俺は待つ。聞かなければいけないことが1つだけあったことを思い出し、機会がこれ以上ないと思ったので今のうちに済ませておきたかった。
「何度も申し訳ないだが……」
軽快な足取りで進むのを目の前に立つことで一旦やめさせる。無理矢理だが、こうするしか方法は知らない。
「……今度は何ですか?また文句ですか?」
彼女には俺=文句しか言わない男に印象が決まったようだ。
175cmの俺より頭一つ分低い彼女を1m先から見下ろす。ムッとした顔は可愛くもクールでもあり、出会い方が最悪で無ければ、目を合わせていたいと思うほど透き通っていた。
「そんなんじゃない。ただ名前を聞きたいと思ってな」
「名前?」
学校に着いてすぐに調べたかった。この女子がどこのクラスでどんな性格をした人なのか、少しだけでも知りたかった。
「ああ。名前を聞けば後々役に立つからな。俺は――7組の
何処かで聞いたことあるフレーズだが、そんなことを気にする余裕もなく、俺はただ名前を知りたい一心でその場に立っていた。
「……どうせ
早乙女澪……似合ってるな。
容姿にこれほどピッタリな名前は無いと思った。同時に――名前を聞いてすぐ、モヤッと感に襲われた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます