第14話 真実2


「おほん、ちょっといいかな?諸君」


 突然虚空から声がして、ストラトヴィダッチェが姿を現した。


 一同驚きの表情を見せたが、一番度肝を抜かれたのはダンだ。何故ここでストラが!?


 皆、魔物は見慣れているが、ストラのような知性を持った魔物を見るのは初めての者が殆どだった。もちろんダンジョンの外で魔物に出くわすのも初めてだろう。しかもサイズこそ小さいが見た目には人間とほぼ変わらないときた。


 裁判所にいた誰もが驚いて、もはやボンドのことなど頭になかった。


「なんだね!?君は!?」裁判長が最初に口を開いた。


「我はストラトヴィダッチェ――我もそこの被告人同様、ダンジョンからやってきた」


 ストラは事の顛末を皆に説明した。


「では君の告発によって私は捕まるに至った訳か」


 ボンドが嘆息した。


「そうとも、我の目的に必要だったからそうさせてもらった」


「どういうことだ!?お前の目的?」ダンが言った。


 ストラは契約によってダンに協力したはずだった。別の目的があったということは、ダンは利用されていたことになる。


「我の目的は既に半分は達成されていると言ってもいい。まさにこの場に立ち、こうして皆さんに我の話を聞いてもらうこと――これが半分。もう半分は、これから話す内容を皆さんに了承してもらうことだ。これについてはそこの被告人も無関係ではない内容だ」


 ダンは未だ事態を飲み込めていない。この場にいる誰もが同じだった。


「では、その内容をお聞かせ頂こうか。あまりもったいぶらずに……」


 裁判長が促した。


 人間は、目の前で信じられないことが起こると、そのあまりの非日常っぷりに、思考を放棄する。誰もパニックになどならなかった。思考を放棄した人間は極めて従順で、教師の話に耳を傾ける、とても優秀な生徒だった。


 誰もがストラトヴィダッチェの発言を待った。


 彼女はたっぷり間を置いて、話し始めた。


「我は魔物だ。そこの男も魔物だ。君たちの言葉を借りれば……だが。だがどうだろう、君たちは先ほどまでその男の裁判を律儀に執り行っていた。そして今も我の話に耳を傾けている。何故だ?一体誰がスライムの訴えに耳を貸す?そこにはどんな違いがある?知性か?見た目か?


 つまり人間に見えれば、意思の疎通が可能であれば、君たちは我々を同じ人間として扱う。その証拠は先ほど挙げた通りだ。では我々は何故、敵対しなければならない?コアがエネルギーを欲するから?人間が強さや富、冒険を求めるから?ではそれらを別の方法で解決できるとしたら?」


 ダンは驚愕した。賢いとは思っていたが、ストラがここまで思慮に富んだ人物だとは。


 これこそが彼女の目的だったのだ。人類と知的魔物の共生。その崇高な目的のために、彼女はダンジョンを抜け出し、ダンに取引を持ち掛けた。


 ダンは手のひらで踊らされていたのだ。ボンドを告発したのは、ひとえに、人々を彼女の話に傾聴させるため。もしなんの前触れもなく、ストラが聴衆の前に姿を現し、演説をしても、誰も聞かなかったかもしれない。


 どうみても人間にしか見えない魔物が、裁判を受けている。その特殊な環境が、人々がストラの話を受け入れるための緩衝材になったのだ。


 ボンドは明らかに悪事を働いた。しかも人間ではない。であるのに、誰一人として裁判を邪魔して、彼を殺そうとしたものは居ない。ストラはそこに希望を見出したのだ。


 ストラは、ボンドを初めて見た時に、この作戦を思いついたに違いない。ダンの閉め忘れた扉から出てきてすぐに、同胞を見つけた。そしてそれを利用したのだ。


 だがもしボンドの存在がなかったら、どうやってストラは人々の前に立っただろうか。それでも持ち前の知能でなんとかしたのではないか。そんな気さえした。


「では、我々にどうしろと言うのだ?ダンジョンに潜るのを止めろと?モンスターを殺すなと?」


 聴衆の中の誰かが言った。


「いやそうではない。ついさっき別の方法で解決できると言ったではないか」


 ストラが応えた。


「では、どうやって?その方法とは?」


 裁判長が尋ねた。


 ――そこから先はスムーズに事が進んだ。


 裁判長が、国のもっと偉い人たちを連れてきて、話し合いが持たれた。


 いくつかの取り決めが行われた。


 コアはエネルギーを欲する。そしてそれは人間を殺して得るのが望ましい。だがよく考えてほしい、コアが必要とするのは生命エネルギーなのだ。


 なら牛でも馬でも殺せばよいのだ。しかも殺した後の死体は持ち帰れる。ダンジョン入口近くに屠殺場が作られることが決定した。


 もちろん知性を持たない魔物は依然として人間を襲うから共生は無理だ。だが、知性を持った魔物への栄養補給は、それで解決した。


 コアが常に微量なエネルギーを発することは周知の事実だが、モンスターが存在するだけで、コアが産み出す以上のエネルギーを消費することは、あまり知られていない。


 コアの出力だけでダンジョンが成長できるのは、その過程のごく初期に限られる。


 次に、コアが余剰なエネルギーで産み出した遺物を、知的魔物が自ら売りに訪れる契約も交わされた。ボンドという前例がある以上、商売ができるほど高度に発達した魔物が、他にもいるはずだ。


 冒険を求める人間には、知性を持たない魔物を狩ってもらうことで合意した。知性魔物と非知性魔物の住むダンジョンを完全に分けるのだ。


 ダンジョン屋は非知性魔物のダンジョンのみを取り扱うことになる。その過程で生みだされてしまった知性魔物は、すぐに知性魔物専用のダンジョンへ移住させられる。


 では知性のボーダーをどこに定めるか。意思疎通が可能なこと、人間への敵意を理性で抑えられること、人間社会に溶け込み、問題なく社会生活が送れること。以上の内容で合意した。


 この話し合いが済み次第、ストラトヴィダッチェはすべての知性魔物の説得に動くそうだ。


 上手くすれば、人間と魔物の共生が本当に実現するかもしれない。


 ストラは「数年後には、異形の者が街を闊歩しているだろう」と言った。


 人間でも思いつかなかったような解決案を、魔物側が進化によって見出したのだ。


 だが、人間でも思いつかなかったというのは間違いかもしれない。人間は思いつこうともしなかったのだ。長年狩る側で居続けた人類には、この先何年あっても、魔物と共生するという発想は持ち得なかっただろう。


 ボンドは予定通り、人間の法律で裁かれることになった。この日、初めて人間以外の種に、人権が認められたのだ。


 ボンドはロッタ救出に協力するという条件で、一時釈放されることになった。ストラの話に感銘を受けたようで、抵抗する気はないらしい。


 ロッタ救出にはダン、デルカ、ボンドの三人で向かうことになった。もしボンドが反抗してもデルカがそれを制する事が出来る構えだ。兵士長の肩書は伊達じゃない。


 ボンドに、ロッタが入った≪転移扉≫まで案内させる。


 その扉は、ボンドが生まれたダンジョンでもある。その向こうに待つのは、ボンドの主――レキ。


 ダンは意を決して、扉の向こうに足を踏み入れた。

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