第13話 真実


 翌日早朝に、大勢の兵隊たちが〈ボンド堂〉に押し掛けた。


「ウィレット・ボンドはいるか!?」


「やめろ!何するんだ!」


 大声で抵抗したのは、ボンドではなくミリダだった。ミリダは事情を知らなかった。ボンド本人は、大人しく連行されていった。


 後に残されたダンに、デルカが言った。


「君も、法廷に来てくれ」


「はい」


 ミリダがキレた。ダンの胸ぐらを掴む。


「おい!どういうことだ!お前何か知ってるのか!?」


 デルカがそれを止めさせた。


「ミリダと言ったな。あなたも裁判所に来るといい。あの男の化けの皮が剝がれるところを自分で見れば、納得するだろう」


 ダンは今でもこれで良かったのかと思う。親方は魔物である前に、自分の恩人でもあるし、友人であり、親だった。


 だが裁判で全てが明らかになれば、親方の無実が証明されるかもしれない。すべてを親方の口から聞きたかった。


 デルカがボンドの逮捕に踏み切ったのは、確かな証拠が出たからだった。ボンドの経歴を調べると、ダンジョン屋になる前の情報が一切無いことが分かった。


 また、周到な聞き込み調査が実を結び、ロッタの目撃情報が得られた。ロッタが最後に目撃されたのは、やはり〈ボンド堂〉だった。だがそれはダンと行ったあの冒険の日ではなかった。ダンが休みの日に、ロッタは再び〈ボンド堂〉を訪れていたのだ。その時店内にはボンド一人だったそうだ。


 〈ボンド堂〉の統計データも調べられた。〈ボンド堂〉の台帳が示していたのはある可能性だった。〈ボンド堂〉のダンジョンで命を落とす冒険者の数が、他の店に比べて僅かに多いことが分かった。特に、ボンド本人が冒険者の対応に当たっている日に偏っている。


 大昔には、わざと凶悪なダンジョンに冒険者を送り込んで捕まったダンジョン屋もいたみたいだが……。


 これだけでボンドが黒とはならなかったが、さらに十分な証拠を用意して、裁判が行われた。





 裁判所には多くの人が傍聴に訪れた。街一番のダンジョン屋の親方が、魔物だったかもしれないという噂は、瞬く間に街中を駆け巡った。


 裁判には遺物≪判別機≫が使用される。これは対象者が嘘を言っているかどうかを判別する。


「まず、ボンドさんあなたがダンジョンコアから生まれた存在であると言うのは本当ですか?」


 裁判長が言った。


「違う」


 ≪判別機≫が赤く光る。嘘だ。


 法廷がざわついた。


「あなたが一人で店にいるときに、ロッタさんが来ましたか?」


「いや」


 ――赤だ。


「ロッタさんの居場所を知っていますか?」


「いや」


 また赤。


「もういい。男らしく全部話してくれよ!」


 ミリダが尋問を遮った。信じていた親方に裏切られ、目には涙を浮かべている。不信感と期待が入り混じった表情。


「静粛に!」裁判長がざわついた場を制止する。


「構わん。話そう」ボンドが顔を上げた。一同が注目する。


 ボンドは視線を集めたまま、しばし静止し、ざわつきが治まるのを待ってから、淡々と話し始めた。まるで人間みたいに流ちょうに。


「俺はとあるダンジョンで生まれた。そのダンジョンは非常に発達したダンジョンで、俺は生まれながらに高度な知性を有していた。ダンジョンマスターの名は――レキ。俺は奴の命令で、人間に擬態し――変装している訳ではなく、これが本来の姿だが――ダンジョン屋を経営していた。


 ダンジョン屋が出来てから、俺たちのコアは人間からエネルギーを得られなくなっていた。ダンジョン屋が冒険者に適したダンジョンを選ぶせいで、滅多に冒険者が死ぬことはなくなった。ならば俺が自分でダンジョン屋をやろうと考えた。普段は真面目に経営しておいて、ごく稀に、わざと不適切なダンジョンに誘導するのだ。当然、頻度が少なければ、事故として処理される」


 ボンドの作戦は実に巧妙だった。


 ダンジョン屋が冒険の危険をある程度排除するようになったからといっても、年に何度かは冒険者が死亡する事があるのだ。事故というものは、気を付けていてもなお起こり得るもので、それを完全に阻止することができれば、その時こそ人類の勝利と言えるだろう。


 だがそれを故意に行うだなんて……。


 ストラトヴィダッチェも高度な知性を有していたが、ボンドはそれ以上だ。見た目も人間と変わらない。唯一の違いと言えばコアから生まれたという点だけか。


 この場合、法律上どう処理されるのだろう。敵性魔物として討伐されるのか、人間と同じように裁かれるのか。裁判を行っていることからも、後者だろう。


 ダンはこの一ヶ月で二人もの高度な魔物を目にした。今までこんなことはなかったのに、どうしたのだろう。それもこれも、ロッタに出会ってからだ。そうだ、ロッタ。ロッタはどうなった?


 裁判長がボンドに話の続きを促した。


「では、あなたはそのようにして、ロッタさんを危険なダンジョンに誘導したんですか?」


「そうだ。あの娘は強力な魔力を宿していたから、コアへのいい供物になると思ったんだ。今回は絶対に失敗しないように台帳にも記録を残さなかったんだがな、一体どこからバレたのか……」


 ボンドの視線がダンに向けられる。ダンはばつが悪くて目を逸らした。


 ≪転移扉≫の使用回数はダンジョン協会に細かく管理されていて、扉自体を調べれば分かる。だから台帳に記録しないことにもリスクは発生する。まあ調べられなければこれもバレなかっただろうが。


 ボンドの発言が本当なら――≪判別機≫が青いままだからまず間違いなく本当だが――ロッタは今もダンジョンに取り残されているということになる。もちろん……生きていれば。


 ボンドの主――レキと言ったか――はボンド以上に高度な知的生命体だ。いくらロッタが強くても……心配せざるを得ない。

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