第12話 事件2


 ダンが街で聞き込みをしていると、街路に面した店からいい匂いが漂ってきた。もうだいぶ時間も遅いし、その店でアップルパイを買って帰ることにした。


 ダンが家に着くと、珍しくストラトヴィダッチェが姿を現した。


「実にいい匂いじゃな」


「ストラも食べるか?」


 小さい身体でも食べやすいように千切ってやる。ダンがこの小さき魔物に親しみを持って接するのは、なにもその見た目に惑わされたからでも、無差別な無警戒からでもなかった。餌付けである。ストラトヴィダッチェは人間の食べ物に興味津々で、何を食わせても喜んだ。透明なんだから外に行って勝手に食えるだろうと思ったが、それは言わないでおいた。


「ストラ、君はロッタについてなにか知らないか?」


「さあな、我は知っていても何も言わんぞ。人間に協力しても得はないからなぁ」


「そう言う割には、ずっと僕の近くにいるよね。いつでも逃げれるのに」


「お前さんといると面白いものが見れそうだからのう」


「やっぱりなにか知ってるんじゃないの?」


「どうしても我から協力を得たいのなら、それなりの対価が必要じゃぞ」


「対価?」


「我と契約を結ぶのじゃ」


 ストラトヴィダッチェの説明によるとこうだ。ストラトヴィダッチェの魔法により、ダンの魂を彼女のコアに紐づける。それによってダンがどこで死んだかに関わらず、そのエネルギーはストラトヴィダッチェが回収できるのだという。


「まあ僕が死んだあとのことならなんでもいいよ。それでなにか教えてくれるのなら、条件を吞もうじゃないか」


「本当にいいんじゃな……?」


 ダンはなにか裏があるのではと思わないでもなかったが、少しでもロッタに関して手がかりを得られるならと、承諾した。


 契約はすぐに終わった。ダンの心臓あたりに青い紋章が光る。


「よし、それじゃあ手がかりについて話してくれ」


「うむ、直接の手がかりと言う訳ではないのじゃがな、前から気になっておったことなのじゃ。少々お前さんにとっては酷なことじゃから、覚悟して聞くのじゃぞ」


「えらくもったいぶるじゃないか」


「お前が親方と呼ぶあの男、あやつは魔物じゃぞ」


「なに!?そんなわけあるか!どこからどう見ても人間じゃないか!それとも親方も君みたいにダンジョンから抜け出したダンジョンマスターだとでも言うのか?」


 あまりに突拍子もない話にダンは憤慨した。


「あれがダンジョンマスターならまだいいがな、あれはただの一般モンスターじゃ」


 それを聞いて、ダンの感情は怒りや驚きから恐怖に変わった。


 人間に擬態して数年、平然と生活するような魔物が本当にいたとして、その知能はどれほどだろう、その魔力は?しかもそれがダンジョンマスターでないなら、それを統べるマスターはさらに強大な存在といえる。


「それは、本当の本当に、事実なんだろうな?」


「ああ、我も同じくダンジョンの生成物じゃから、分かるのじゃよ。あれは人間ではない」


 ダンはこの事実を持て余した。親方に直接問い詰める訳にもいかないし、一体こんな荒唐無稽な話を、誰が信じるだろう。


 親方が魔物であるなら、親方がロッタに何かをしたことになるのか?いや、まだロッタが事件に巻き込まれたという証拠があるわけじゃない。


 ストラトヴィダッチェの証言は本当にロッタのことと関係あるのか?


 そもそも親方は何故人間に化けて暮らしているのだろうか……?人間に危害を加えるつもりなら、何故真面目にダンジョン屋で働く必要がある?




 

 ダンは遺物鑑定省に来ていた。ロッタと出かけた時に手に入れた遺物を、鑑定に出していたのだ。遺物は≪小宇宙≫というレアもので、遺物鑑定人も驚いていた。


 ≪小宇宙≫を使用すると、周囲の物質がそこに吸い寄せられるらしい。ダンは、いまいちどうやって使うのかピンとこなかった。


 遺物鑑定省からの帰り、街で聞き込みを続けるダンを、デルカが呼び止めた。


「君もロッタ様を探してくれているのだな」


「あれから、何か分かりましたか?」


「いや。私の他にも、それぞれの街で聞き込みを続けているが、手がかりは何も得られていない。最後に目撃したのは君だから、もしかしたら重要参考人として、裁判に出席させられることになるかもしれないから、覚悟しておいてくれ。近いうちにまた君の店によらせてもらうよ。いやなに、重ねて言うが君を疑っている訳ではないんだ。ただもう他に手がかりがなくて」


 デルカは酷く憔悴しきっているようすだった。一国の王女を失踪させたまま、連れ戻せなかったとなれば、デルカがどんな責任を負うかは、想像に難くない。


 ダンはデルカに例のことを打ち明けるか迷っていた。親方が魔物であると言って、信じてもらえるだろうか。狂人の戯言ととられるかもしれない。ロッタを見つけられず、とうとう狂ったかと。


「実は……」


 ダンは先日、ストラトヴィダッチェから聞かされた事実を打ち明けた。元々、ダン一人には手に負えない話だったし、これで少しでもロッタを見つける助けになると思ったからだ。


「それは、本当なのか?どこからそんな話が?」


「それは話せませんが……とにかく、そちらでも調査をお願いします」

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