第11話 事件


 姿を見せないという言葉の意味は違うが、ロッタが姿を見せなくなってから二週間、ストラ――ストラトヴィダッチェのこと――が姿を見せなくなってから一週間が経ったある日のこと。


 昼下がりの、暖かくて心地よく、ちょうど眠たくなってくる時間帯。ダンが店のカウンターでうつらうつらしていると、見知らぬ人物が来店した。


「いらっしゃい」ダンの眠りかけた頭が瞬時に冴えわたる。


「いや、客じゃないんだ」


 そう言った女性の鎧には国の紋章が刻印されており――どうやら軍人らしかった。


「なにかあったんですか?」


「少し事件があってな、情報を集めているんだ。私はデルカ・フロスト。王都で兵士長を務めている」


「僕はダン・ウィックです。僕に分かる事ならなんでもお話しします」


「ある人物を探している。歳は十七くらいの娘で、桃色の髪に銀色の鎧。なにか知らないか?」


 デルカが桃色の髪と言った瞬間、ダンはそれがロッタのことであると確信した。ロッタに何があったのだろうか。何故王都の兵士長様が、わざわざロッタを探しに?なにか知らないかと聞かれても、知りたいのはダンの方だった。


 ここで安易に知っていると答えていいものだろうか。ダンは考えた。まずはもっとこの女性から情報を聞き出すべきだ。捜査に協力するのは、それからでいい。


「その娘が、どうかしたんですか?例えば……何か悪いこととか?」


 質問に質問で返され、デルカは少し不満そうな表情をした。


「いや、そういう訳ではない。ただ、その娘が何者であるかは、言えない」


 犯罪者でないならば、ロッタは国の要人ということになる。でなければ兵士長を使ってまで捜査に及ばないだろう。ロッタは役人の孫と言っていたが……これは想像以上に事が大きいかもしれない。


「では、そこにはなにか言えない事情があるということですね?しかも、事を必要以上に荒立てたくない――だから大掛かりな捜査ではなく、あなた単独で動いている。そこから推測される答えは――その人物は、王族に所縁のある者……なのではないですか?」


 ダンはデルカの眉が僅かに反応を見せたのを見逃さなかった。


「鋭い推察だ……と言いたいところだが、なぜ私が質問責めにあっているのかね?聞きたいことがあって来たのは私の方なのだがね。君は捜査に協力する気があるのかないのかどっちなんだ?」


「すみません。つい、こういう事は気になってしまう性質で」


 上手くはぐらかされてしまったように思う。


「で、君はこの娘についてなにか知っているのかいないのか、どっちなんだ」


「もっと詳しく、彼女が何者であるか教えて頂けたら……答えましょう」


 デルカは仕方がないなといった様子で、ため息を軽く吐いて、答えた。


「いいだろう。そうとも、君の推測は概ね正しい……。彼女はロッタ・アドヴァリーゼ。この国の王女だ」


 ダンは予想していたこととはいえ、やはり少しばかり驚きを隠せないでいた。ロッタはあの王女様だったのだ。振り返って考えると、思い当たる節がある。王女様なら、あの常識の無さも頷ける。


「ロッタは今も行方不明なんですか?」


「やはり貴様、知っているのだな!?ロッタ様はどこだ!」


 デルカが取り乱す。


 知っていると言ったって、知っているだけなのだ。ダンの知るのは、ロッタというあの無邪気な少女のことだけで、この国の王女様を知っている訳ではなかった。ロッタの行方も、ダンこそ一番知りたいのだった。


 ダンはロッタとの間にあったことを一部始終話した。


「というわけでして、僕にも何が何やらさっぱりなんです」


「だが、この店を利用していたことは事実なのだな!?それが分かっただけでも十分だ。あとそれと……貴様を疑う訳ではないが、暫くは貴様もこの街を離れるな。もちろん今日のことは誰にも言うでないぞ。念を押して言っておくが、逃げても無駄だ。我が国の兵士たちは優秀でな、地の果てまでも貴様を追うぞ」


 ならその兵を総動員してロッタを探したらどうなんだ、とはとても言えなかった。もしも王女の不在が世間にバレようものなら、どのような影響があるかは想像に容易い。


 デルカが店を去った後も、ダンはロッタについて考え込んでいた。デルカとダンの持つ情報だけで言えば、ロッタを最後に見たのはダンなのだ。


 ロッタが行方不明の王女だという事実は、この店に来ていたときも変わらない。ダンが知らなかっただけで、ロッタはずっと家出中の王女様だったのだ。


 ロッタは自分の意志で行動していた。事件に巻き込まれた訳でも、悪いことをしているわけでもない、ただ病気の祖父――つまりこの国の先王ということになるのか?――のために白い竜を探しているだけ。あれだけ強いのだから心配もいらないだろう。もちろん国や家族としては心配だろうし、ダンも友人――と言ってしまったら失礼に値するだろうか――として心配していない訳ではない。

 

 ただ、ロッタがこの店に来ないのは、店を鞍替えしたからでも、街を出たからでもなく、何か陰謀に巻き込まれているからではないのか。ロッタの素性が知れたとたん、そんな不安が急に湧いてきた。


 ダンはその日から仕事終わりに、ロッタを捜索することにした。

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