第5話 相談その2

 3月某日。


 奥さんから毎晩Line電話が来る。

「こんばんは。今日も遅いんだ」と、俺。

「はい。でも連絡もないんです・・・夕飯いるのかもわからない。それもストレスで」

「急に帰って来たらカップ麺でも食わしとけば?」

「うちはそういうのダメなんで・・・作ってないと怒るんです」

「随分、勝手だね」

「家事にはすごく細かくて、部屋もきれいでないと怒るから、大変で・・・最近は実家の母が手伝いに来てくれてます」

「よかったね。通える距離で」

「はい」

 俺はお母さんが支えてくれるならと、ほっとした。

「最近は、帰って来るのが12時近いんですよ」

「平日にすごいね・・・」

 Aさんの体が心配になった。ちゃんと会社行けてるだろうか・・・同じ会社の人から、Aさんは窓際だって聞いていた。発達障害の人は寝不足になると症状が悪化する。ますます、変な人になってしまって社会的には転落してくかもしれない。他人事だけど・・・他人とは思えないところがあった。


 しばらく喋っていたが、奥さんがそういえば・・・と話し出したのが下記のようなものだった。


「主人からポストを開けるなって言われていて・・・どう思います?」

「さあ・・・人によっては自分で管理したいって人もいるのかもね。俺も前に郵便物を盗まれて怖い思いしたことあるから・・・」

 きっと元奥さんの名前で郵便が届いたりするからだ。

 Aさんはよく考えたと思うけど、不自然だ。

「主人が鞄に郵便物を隠していて、お風呂に入っている間にこっそり見たんです。そしたら”窪川薫”っていう名前が入っていたんです。何か知りませんか?」

「俺はちょっと・・・実は窪川君とはそんなに親しくないから・・・でも、美須々さん、あまり深く考えないようにした方がいいんじゃない?家で一人だと色々考えちゃうだろ。例えば。里帰りするとかして」

「それも言ったんですけど、許してもらえなくて」

「何でだろうね」

「わかりません・・・自分が実家で悪く言われていると思ってるみたいで」

「そりゃ言われても仕方ないようなことしてるからね。でも、あんまり無理しない方がいいんじゃない。仮病使っても帰った方がいい気がする・・・あいつは面倒を嫌うから。具合悪いって言ったら、帰っていいっていうんじゃない?」

「じゃあ、考えてみます」


 3月下旬


「こんばんは。今大丈夫ですか?」と、奥さん。

「ああ、どう?体調」俺はネットのニュース記事を読みながら訪ねる。

「おかげさまでちょっとゆっくりできて・・・今、実家にいるんです」

「よかったね」

「家がまるで、刑務所みたいで怖くて・・・家にいる間、盗聴されてるみたいな気がするんです・・・私と江田さんが喋ったことを主人が知ってるみたいで」

「え!?」

 俺は青くなった。

「今朝、『江田さんと連絡取ってるの?』って聞かれました」

「で、何て言ったの?」

「・・・雑談みたいな感じでって言ったら、もう連絡取るなって言われました」

「あ、そうなんだ・・・ごめん。俺も気が利かなくて」

「いいえ。私からいつも一方的に電話してて。忙しいのにすみません」

「いいよ。俺も暇だし」

「主人が『俺より江田さんの方が好きなんだろう』って言うんです」

「すねてるんだ。あいつ口下手で・・・会話が続かないから」

 奥さんは黙っていた。

「私、江田さんが好きです。どうして、結婚前に出会えなかったのかなって」

「君は俺より窪川君と縁があったんだよ。結婚って縁だっていうから」

「私なんて無理ですよね。妊婦だし」

「ごめんね。俺、彼女いるから・・・」

 とっさに嘘をついた。

「え、そうなんですか」彼女の落胆ぶりが目に浮かぶようだった。

「うん。キャリアウーマンであんまり会えないけど・・・」

「江田さんにはそういう人の方がお似合いですよね。私なんてただの派遣だし・・・」

「そんなことないよ。お互いもうちょっと早く出会えてればね」

 ごめん・・・彼女は好きだけど、結婚は考えられない。

 これは揺るぎない俺の結論。


 4月初旬


「江田さん、こんばんは」

「あ、元気にしてる?しばらく電話なかったから、どうしたのかなと思ってたよ・・・」

「優しいんですね。彼女がいるのにしょっちゅう電話してたらまずいかなって思って、遠慮してたんです・・・」

「いいよ。俺暇だし」

「今日はどうしても話したいことがあって・・・かけちゃいました」

「何?」

 やっぱり人の秘密は気になる。


「実はうちの親が、興信所を使って主人の身元調査と素行調査をしたんです。そしたら・・・」

 俺は固唾を飲んで次の言葉を待った。

「やっぱり、マッチングアプリで知り合った人とホテルに行ってたそうです」

 

 ちょっと前まで奥さんしか知らなかった人が、随分頑張ってるなと俺は思った。人とうまく喋れなくて、コミュ障だった彼が女性を口説いてホテルへなんて・・・。昔から知ってるだけあって、成長を感じた。


「それも一人じゃなくて何人も・・・」

「それはまずいね。独身のふりしてるんだろうし・・・」

「訴えられたらどうするんだろうって・・・。私もそんなおかしい人なのに、どうして見抜けなかったのかなって」

「でも、君とは結婚したんだから好きだったんじゃないかな」

「顔が好みだったって言われたことはあります・・・私も前の彼と別れて、何かにすがりたくて・・・マッチングアプリなんか登録してバカでした」

「そんな・・・運が悪かっただけだよ。交通事故みたいなもんで。君が悪いわけじゃない。前の彼とは結婚も考えてたの?」

「はい。彼もそう言ってくれてたんですけど・・・浮気されて」

「ひどいね」

「でも、あちらの親にも反対されてたから・・・」

「どうして君みたいないい子を」

 俺は白々しく言う。

「私、短大卒なので・・・」

「へえ・・・そんなのいいのに」 

「別に結納とかしたわけじゃないんですけど・・・彼の友達とかにも会ってたので、そのまま結婚するんだと思ってました。3年も付き合ってて・・・」

 ほとんどのカップルが2年で破局するというから、3年は長い・・・というか、長すぎたのかも。元彼も結婚はNGだけど、いい女だから別れられなかったのかなと思う。どちらかと言うと、美須々ちゃんは愛人タイプだ。

 

「今日、分かったことがあって」

「うん」

 いよいよばれたな・・・と思った。

「あの人・・・実は結婚歴があったんです。子供が2人もいて。去年の秋に奥さんが亡くなって、子どもは奥さんの実家で育ててるって、今日知りました」

「・・・彼は結婚したことはないって言ってたの?」

 俺はしらばっくれた。

「いいえ。私が勝手に初婚だと思い込んでいたので・・・」

「あんなにイケメンで高収入なのに?」

「仕事がずっと忙しかったって言ってて」

「そんな嘘つくなんてね」

「びっくりしました・・・そんな嘘つく人がいるなんて思わなくて」

「あいつはちょっと変だから・・・ごめんね。俺も知ってたけど、君が妊娠してるって聞いて、体に障るといけないから本当のこと言えなかった・・・」

 俺は良心が咎めたので自白した。

「江田さんも主人なんかと友達のわけないですよね。あんな人、友達なんているわけないですよ」

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