第4話 相談
その日、俺はずっと奥さんのことが気になっていた。Aさんは話に加わらず、ずっとスマホをいじってたんだ。普通、客を呼んどいてそんな人はいない。Aさん的には二人で喋ってるから、その間はゲームでもしてたんだろうけど。
俺が帰った後、男に愛想を振りまいてたなんて風に、二人が喧嘩になってたらどうしようかと心配していた。
Aさん宅に行ったのは3月12日だ。
俺が家に帰った頃、奥さんからLineが届いた。
『お皿ありがとうございました。普段使うにはもったいないくらいいい物ですけど、せっかくなので子供が生まれる前に使わせていただきますね』
と、節度のある内容だった。
当たり前か。何となくロマンスが始まる予感があったから、肩透かしを食らった気がした。
俺はAさんが見てるかもしれないから『こちらこそ、身重なのにお邪魔して長居してすみませんでした。出産まで体に気をつけて、元気な赤ちゃんを産んでください』なんて風にありきたりな文面を書いといた。
3月15日
奥さんからLineが来た。会社にいる時だった。夕方6時半くらいか。
『今度、Line通話で連絡してもいいですか?』
『いいよ。平日は夜8時くらいからだったら家にいるから・・・。土日は前もって教えてくれれば、大体大丈夫』
『今日、かけていいですか?』
『いいよ』
旦那と何かあったんだ。俺は思った。寄り道せずに家に帰って、ソファーに座りながら連絡が来るのを待っていた。人の不幸にワクワクしてしまう。俺も不幸だからだ。
「こんばんは。すみません。急に電話しちゃって」
「いいよ。別に。俺一人暮らしだし」
俺はハンズフリーにして爪を切っていた。
実はちょっと面倒くさくなっていた。相手は身重だし・・・。その人と連絡取っても付き合えるわけじゃないから。友達の奥さんってのは俺には無理だ。倫理的にじゃなくて、生理的に。
「何かあった?」
「前から思ってたんですけど、ちょっと主人が変なので・・・」
「うん。変わってると思うよ。前から変わった人だった」
「江田さんは、主人の大学の同級生でしたっけ?」
「そうじゃなくて、社会人になってから知り合ったんだよ」
「同じ会社とか?」
Aさんに初めて会ったのは合コンだった。
「共通の友達がいて」
Aさんに友達はいないけど、人数を揃えるために合コンによく呼ばれていたんだ。イケメンだけどもてない。体裁を整えるのにはちょうどいい人だった。
「主人は友達が全然いないみたいで・・・」
「うん。でも、男はそういう人多いよ。みんな忙しいし、会社の付き合いばっかりになってくから」
「でも、友達が江田さんだけなので・・・ちょっと変だなって」
「俺も友達は窪川君だけで・・・さらに彼女もいないし」
「江田さんはそんな風に全然見えないですよ。でも、主人は本当に人付き合いがないっていうか・・・変なんですよ」
「でも、実家とは仲いいだろ?」
「お母さんだけです・・・お母さんがよく連絡してくるんですけど、それ以外の、お父さん、お姉さん、弟さんとはほとんど音信不通で。姉弟がどこに住んでるかもしれないくらいなんです」
「まあ、変わってるからね。でも、付き合って結婚したんだろ?」
「でも、そんなに何回も会ったわけじゃなくて・・・初対面の時から、結婚を前提にって言われていたんで」
「へぇ~。それはさすがにびっくりするね」
「だから、毎週会ってはいたんですけど、回数にしたら10回もないというか」
で、子どもまでいるってことか。毎回ホテルに行ってたら、喋る暇なんかあまりなかっただろう。さすが、Aさん、ここぞという時は押しが強い。
「話してておかしいところはなかった?」
「あまり喋らない人だなってことは・・・穏やかな人なんだろうなって、いいように解釈してて」
「一見そう見えるかもね」
「はい・・・年上だし、落ち着いてるなって」
「でも、旦那は喋んない人の方が楽だって聞くけどね」
「ただ喋らないだけじゃなくて、気が利かないというか・・・思いやりが全然なくて」
「例えば?」奥さんの愚痴が始まったと思った。
「私がつわりで苦しんでても、携帯いじってて家事を全然手伝ってくれないし」
「でも、男なんてそんなもんじゃない?」
「具合が悪くて買い物に行くのも大変だから、帰って来るついでに、ちょっと何か買って来てと頼んでも、君は働いてないのに何で僕が。って、言って怒るんです」
「じゃあ、ネットスーパーとかで頼めば?」
「でも、生活費もそんなにもらってなくて・・・」
「月いくらもらってるの?」
「月6万です」
「意外と少ないね」
「はい。年収一千万以上あると思うんですけど・・・けっこうケチで。やりくりが大変なんです・・・」
前の奥さんがやりくり上手だったんだろう。
気の毒だとは思うけど、俺にしてやれることは何もない。せいぜい、電話を聞き流してやれるくらいだ。
「それに、いつも携帯をいじってて、何やってるのか見たら、マッチングアプリを見てて・・・」
「え?そうなの!?」
「はい。実は私たちマッチングアプリで知り合ったんです。結婚したのに主人はそれで今も女の人と会ってるみたいで・・・」
「まさか・・・ただ見てるだけじゃない?」
「週末、出かけたりするので・・・」
「新婚早々浮気してるんだ・・・それはちょっとね。本人に問いただしてみたら?」
「言ったんですけど、勝手に人の携帯見たって言って怒るんです」
「最悪だね」
Aさんはマッチングアプリにはまってしまったらしい・・・発達障害の人はもともと依存症になりやすいけど、まずい方に行ってしまったんだ。それまで、奥さんしか知らなかったのに、色んな女性が相手してくれるようになって、遅まきながら開花してしまったのかもしれない・・・。独身だったら全然問題なかったんだろうけど、焦って結婚してしまったから。
「奥さんが妊娠中に浮気する男は本当に多いみたいだから・・・大変だと思うけど、もっとかまってやったら?男なんてしょうもないところがあるから・・・」
俺はまっとうな意見を言う。
「主人はADHDなんじゃないかなって思うんです」
お!ビンゴ!
さすが、察しがいい。
俺は奥さんをほめてやりたかった。
「よくわかったね。でも、実は俺もそうだから・・・」
「江田さんは全然そういう風に見えないです。たぶん、違いますよ。
でも、主人とは会話がかみ合わないんです。私が何か話してると、急に違う話を始めるし・・・話しが続かなくて」
「今はどうしてるの?」
「わかりません・・・最近、帰りが遅くて」
「もしかして・・・浮気?」
「そうかもしれません」
「マッチングアプリで会った人とかな。あいつ独身のふりしてるんだよね。そうなると詐欺だね」
「はい。相手の人に訴えられるんじゃないかって心配で」
奥さんは2時間くらい喋っていた。俺はその間、鼻毛を切ったり、眉毛を整えたりしていた。俺も暇だし話し相手もいないから、奥さんからの電話はそんなに迷惑じゃなかった。
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