#6
6月も気がつけば終わりが近づき、通学路の途中に咲く小学校の紫陽花も、日に日に
そんな紫陽花に顔を近づけることもなく、わたしは今日も横目で見るだけで通り過ぎてゆく。
そして彼女──波瑠花にも出会うことはなかった。
木曜日の夜。テレビ番組で美味しそうなシュークリームを食べている映像を見たわたしは、自分も無性に食べたくなって我慢できずにいた。時刻は8時前。外に出ても、まだ危なくないような気がする。親も誘いたいけど、「無駄遣いはよせ」って断られるのがオチだから、結局ひとりで近くのコンビニへ買いに出掛けることにした。
天気はここのところ寒暖の差が激しく、雨が降ったかと思えば夏日になったりの不安定な毎日だった。今も日中は暑かったのに、外は結構冷え込んできていて肌寒い。
「うわぁ……もぉ、やだ……」
最後のひとつを買えたのはラッキーだったけど、
トボトボと夜道を歩いていると、小学校裏のあのフェンス近くに人影があった。その人影は、すっかり枯れはじめた紫陽花に前屈みになって顔を近づけている。
「波瑠花……」
思わず、彼女の名前を口にする。
目を凝らさなくても、よくわかる。
さっきまであたりは薄暗かったけれど、今はそこだけ、とても明るく感じられた。
いつもと同じ、制服姿の波瑠花。
こんな遅くに──塾でも行っていたのかな?
そんなことを思っていると、波瑠花が紫陽花から顔を上げて夜空を見たので、わたしもつられて夜空を見上げてみる。今夜は、月がとてもきれいだった。
気がつかなかった。
家を出てから一度も、夜空を見上げてはいなかったから。
なんだか、そんな自分に対して嫌な気持ちになる。枯れた花には顔を近づけず、夜空さえ見上げなくなった自分を……そんな自分を、わたしは強く嫌悪した。
それなのに、あの子は──波瑠花は──。
コンビニの袋が小さくカサリと揺れた。
気がつくともう、まっすぐ進んで歩いていた。
「ねえ」わたしは、波瑠花のそばに立って話しかけていた。なぜそうしたのかは、自分でもわからない。ただ、そうしたかったから。「一緒に食べない?」
シュークリームと紅茶のペットボトルが入ったコンビニ袋を、つくり笑いの横で掲げてみせる。こんなキャラじゃないのになと、心のなかでつぶやきながら。
「あっ、でもね、1個だけしかないから、半分こで──」
シュークリームを取り出そうとしてコンビニ袋をのぞきこむのと同時に、駆け足する音が夜道に響く。すぐに顔を上げたけど、波瑠花はもうそこにいなかった。理由はわからないけど、波瑠花に逃げられてしまった。
「ええっ?! ちょっと……ねえ! 待ってよ!」
わたしもあとを追って走りだす。
「ねえ、待って! 待ってったら!」
「あははははは! 遅い遅い!」
「待ってよ……ねえ!」
「茉莉子ったら、足超遅い!」
「待ってよ、もう……波瑠花……ねえ、待ってよっ!」
夜空の下で始まる追いかけっこ。
それを照らす、月明りのスポットライト。
揺れるシュークリームのことは、もう忘れてしまっていた。
不思議な少女の背中を追いかけながら、わたしはもう一度夜空を見上げてみる。
それはそれは、とても澄んできれいな月が浮かんでいた。
6月の少女 黒巻雷鳴 @Raimei_lalala
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