七、獣人国主催のパーティー③

 確かに、人間国王宮の離れにいた頃は、シェルは一人で起きて侍女がやって来るのを出迎えていたのだ。それが急に一人で起きられなくなったので、侍女が珍しがるのも無理はない。


「枕が変わってはやはり寝心地も違うものでしょうね。さぁ、姫様、朝食の用意ができております」

「ありがとう」


 シェルは少しずつハッキリする頭で朝食の席に着いた。用意されていた朝食を食べながら、今日のパーティーまでの時間をどう過ごすのか、侍女からスケジュールを聞かされる。人間国でパーティーがあったときと同様に、シェルの準備は一日がかりになりそうだった。 ドレスの着付け、ヘアメイクにメイク、アクセサリーの選別……。

 事前に準備してあっても当日にやることはたくさんあるのだ。

 朝食を終えて顔を洗い、それから侍女の手伝いを借りながら、シェルは夜のパーティーに向けての準備を進めていく。休み休み準備をしていくと、全ての準備が整ったときには夕刻になっていた。


 シルバーの長い髪をアップにし、そこへごうしゃな髪飾りを付けて華やかさを出す。そして耳に大きなイヤリングを付ける。メイクは前回のパーティーよりも少し濃いめになっており、女性らしさが出ている。ドレスは露出を抑えてはいるものの、シェルの女性らしいラインをしっかりと強調していた。


「美しゅうございますよ、シェル姫様」


 着付けを手伝ってくれた侍女がうれしそうにそう言う。シェルは元々が美しいため、着付けのしがいがあるのだろう。そんな侍女の言葉にシェルは少し疑問を持ってしまうが、素直にありがとう、と礼を言うのだった。


「今夜はヴァン様が主役ではございますが、姫様にとっても大事な日になりますからね」

「私にとって、大事な日? どう言う意味?」

「あっ……!」


 思わず口を滑らせてしまったと言わんばかりに、侍女は慌てて自分の口を押さえた。シェルはそんな侍女へ、先程の言葉の意味を聞こうとしたのだが、


「忘れてください!」


 そう必死に懇願されてはこれ以上、質問をすることはできなくなるのだった。

 それから夜を迎え、パーティーが始まった。

 シェルは獣人国が主催するパーティーに参加することが初めてだったため、その様相の壮観さに圧倒された。

 ダンスホールには着飾っていても体格が良いと分かる男性獣人たちと、モデルのように美しい女性獣人たちとでひしめき合っていた。この獣人族全てが、この国の王侯貴族になるのだろう。全員に尻尾が生えており、ある者の尻尾は警戒するかのようにピンと立っており、またある者はゆらゆらとリラックスした様子で揺れている。

 シェルはその様子に息を飲んでいたが、逆にこの獣人国の貴族たちはシェルの美しさに息を飲んでいた。

 きゃしゃだがドレスに身を包んだシェルの姿はこうごうしく、実際のたいよりも大きく見せていた。

 そんなシェルへ、一人の獣人貴族が声をかけてきた。


「人間国の姫、シェル様ですね?」


 シェルが声のした方を振り返ると、そこには金髪が美しい獣人族が一人立っていた。シェルがじーっと青い瞳で見つめていると、その獣人族の貴族が言葉を続ける。


「人間国の姫が美しくそうめいだと言うお話は、常々こちらでもうわさになっておりました。こうしてお目にかかれて光栄です」

「ありがとうございます」

「どうです? 私と一曲、踊ってはくださいませんか?」


 シェルが柔らかくほほんで差し出された手を取ろうかと迷っているときだった。


「悪いな、こちらの姫は俺の先約がある」


 そこに現れたのはゼールだった。シェルは驚いてその姿を見上げる。

 パーティー用に着飾ったゼールは、髪を半分上げており、正装に身を包んでいた。そんなゼールにシェルは手を取られる。


「行きましょうか、シェル姫様」

「え……?」


 ゼールはシェルの次の言葉を待たずに、そのまま手を引いて歩いて行ってしまう。シェルは何が起きているのか分からない。

 混乱するシェルの手を引いてゼールがやって来たのは、パーティー会場のけんそうから少し離れた、バルコニーだった。


「ここまで来れば、大丈夫だろう」

「ゼール様……?」


 疑問の声を上げるシェルに、ゼールは先程シェルに声をかけてきた金髪の獣人族について話をしてくれた。彼は女好きで有名な貴族なのだという。あまりにも女好きが高じて、いまだに所帯を持つことを拒んでいるのだそうだ。


「国では聡明な姫だと噂を聞いていたが、相変わらず抜けているんだな」


 そう言ってシェルの方を見て笑うゼールを見て、シェルは思わず涙がこぼれてきた。突然泣き出してしまったシェルを見て、ゼールの方が慌てる。


「お、おい? なんで泣くんだよ?」

「だって……、ゼール様が……、声をかけてくださったから……」


 シェルは話ながらしゃくり上げて泣いてしまう。それを困ったように見ながら、ゼールは懐からハンカチを取り出すとシェルの涙を拭いてやる。


「せっかくれいにしてもらってるのに、そんなに泣いたらもったいないだろう?」


 その言葉は優しく、温かさを含んでいた。シェルはようやく聞けたゼールの声と言葉にもう声が出せない。しばらく泣きじゃくっていたが、


「変わってないな、安心した」


 ゼールはそんなシェルに向かって心底あんした声を出した。それからシェルが落ち着くのを待ったゼールは、


「顔、ぐちゃぐちゃになったな」


 そう言って笑った。ゼールは優しくシェルの手を引くと、


「部屋に送ってやる。侍女に直してもらえ」


 そう言って再びパーティー会場へと戻っていくのだった。 

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