七、獣人国主催のパーティー④

 そうして一度部屋に戻ったシェルは侍女に手伝ってもらい乱れたメイクを直してもらう。


「こんなになって……。姫様、何かあったのですか?」

「違うの……。ゼール様に声をかけていただいて、思わず……」

「まぁ!」


 シェルの言葉を聞いた侍女の声が明るくなる。シェルには何故なぜ、侍女の声が明るくなるか分からないが、ゼールのせいで自分が泣いてしまったと誤解されなかっただけでも良かったと思うことにした。


「ゼール王子は今、どこにいらっしゃるんです?」

「さぁ……? 部屋の外までは送ってくださいましたけど……」

「なら、待っていらっしゃるかもしれませんね! さっさと直してしまいましょう!」


 侍女はそう言うと、張り切って手際よくシェルの崩れたメイクを直してくれた。そしてヘアメイクも改めてセットしてくれる。全てが終わった後、


「では、パーティーを楽しんでくださいね、姫様!」


 そう言ってシェルの背中を押してくれた。

 シェルはそんな侍女の様子を不思議に思いながらも、部屋の扉を開けて驚いた。


「早かったな」


 そこにはゼールが立って待っていてくれたのだ。


「ゼール様っ?」


 驚いた声を上げるシェルを前に、ゼールは優しくほほんでくれる。それから突然ひざまずくと、


「私と、一曲踊ってくださいませんか? シェル姫様」


 そう言って、シェルの右手を取った。突然のことに驚いて声も出ないシェルに、ゼールは上目遣いで、


「イヤか?」


 そう問う。その声はいつもの自信たっぷりな声音とは違い少しの不安の色がにじんでいた。それを感じ取ったシェルは急いで、


「喜んで、お受け致します」


 そう言って膝を折ってゼールの申し出を受けた。

 昨日まで目も合わせてくれなかったゼールからの誘いにシェルは混乱をしていたものの、まだ嫌われていないことが分かってうれしく思うのだった。


「じゃあ、ダンスホールへ行こう」


 ゼールはそう言うと、立ち上がってシェルの手を取ったまま、パーティーの会場となっているダンスホールへと戻るのだった。

 ダンスホールに戻った二人を待っていたと言わんばかりに、ちょうどオーケストラの演奏が始まった。二人は初めて会ったあの夜と同じように手を取ってダンスを踊る。

 初めて会ったあの日、踊ったときはシェルはゼールの外見に舞い上がっていた。その結果、足をもつれさせて転びそうになったところをゼールにカバーして貰った。そんな思い出も昨日のように思い出せる。


 今のシェルはそんな思い出を思い出しながらも、ゼールのリードに合わせてダンスを踊る。今も頭はフワフワしているが、あの時のように浮かれた気分ではなく、しっかりと地に足を着けたものだった。


(やっぱり、ゼール様のダンスはお上手ですわ……)


 シェルはそんなことを思いながら、ゼールに任せてステップを踏んでいく。そうしてあっという間に一曲のオーケストラの演奏が終わってしまう。

 静かになったダンスホールの中央で、ダンスを終えたばかりのゼールが立ち止まる。シェルもそれにならって立ち止まっていたのだが、シーンとしているパーティー会場内で何が起きるのかと不安になった。


 すると突如、ゼールは再びシェルの前でひざまずいた。もうダンスは踊ったばかりだ。もう一度申し込まれることはないはずだ。今度は一体何事なのだろう?

 シェルが疑問に思っていると、今度はゼールが胸元から小さな箱を取り出した。そしてその箱を開け、シェルに見せるように掲げる。そこにあったのは、小さなゆびだった。


「え……?」


 シェルが驚いてその指環を見つめていると、


「シェル、俺と、結婚してください」


 ゼールのその声は強く、迷いがない。ハッキリとした声で言われた言葉はすんなりとシェルの中に入っていった。


うそ? 結婚……?)


 あまりの展開にシェルの頭が付いてこない。まさか、こんなに人がいる中でプロポーズをされるとは思ってもみなかった。それに、今日はヴァンの王位継承を祝うパーティーのはずである。それなのに、自分がこんなにうれしい気持ちになっていいのだろうか……?

 様々な感情があふれてきたが、その間もゼールはシェルへゆびを差し出したまま動かない。シェルはそのゼールの姿にゼールの本気の覚悟を見た気がした。

 気付いた時、シェルは再び泣いていた。しかし、自分も返事をしなければと思い、流れてくる涙を拭ってから、


「ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします……」


 そう言うのがやっとだった。


「おぉ――――っ!」


 シェルの返答を聞いた周囲から大きな歓声が上がった。それから二人を祝うかのごとくオーケストラの音楽が鳴り響く。

 ゼールは立ち上がると手にしていた指環をシェルの左の薬指へとはめてくれる。


「良かった、サイズがぴったりだ」


 ゼールはそう言うとニヤリと笑った。シェルはその笑顔と指環の重さに一気に現実味を感じて泣きながら顔を赤らめてしまう。


「シェルは相変わらず、泣き虫なんだな」


 ゼールはそう言うとシェルの頭をポンポンと優しくでてくれる。シェルは言葉が出ず、涙を流すことしかできなかった。

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