七、獣人国主催のパーティー②

 その後、人間国国王とヴェルデ王はもう少し込み入った話があると言って、謁見の間にとどまった。ヴァンとシェル、ゼールとフォイは一緒に謁見の間を出ることになった。並んで歩いているとフォイが、


「ヴァン王子、このたびは正式な王位継承、おめでとうございます」


 そう声をかけてきた。ヴァンは少し緊張した様子で、


「ありがとうございます」


 そうはっきりと返す。フォイはいつも浮かべている笑顔を更に深くすると、


「今後は、獣人国とこのゼール王子のこともよろしくお願いしますね」

「こちらこそ、よろしく頼む」


 ヴァンは精一杯の返事をした。その言葉に今まで黙っていたゼールが口を開く。


「友好的な関係を築いていこう」


 その声音はぶっきらぼうではあったものの、ヴァンと友好関係を築こうとしていることがシェルには伝わってきた。シェルがゼールが相変わらず不器用であることにほほましく思っていると、


「シェル姫様も、お久しぶりですね」


 フォイはそう声をかけてきた。シェルはその言い方に少しの違和感を覚える。シェルが『極上のいけにえ』としてこの王宮にいたとき、フォイはシェルのことを敬ってはいたが、その呼び方は『シェル様』であった。それを今、フォイはシェルのことを『シェル姫様』と呼んだのだ。

 そのことにシェルが疑問に思っていると、


「どうかしましたか? シェル姫様」


 フォイは笑顔を深くし、そう言う。その笑顔から、シェルは質問を許さないフォイの真意を読み取り、


「いえ、何でもありません。フォイさんも、お久しぶりです」


 そう返した。

 シェルたちはあいない会話をしながら獣人国王宮を歩いて行く。話しながら、シェルは久しぶりに歩くこの王宮を懐かしく感じていた。

 しかし、ゼールだけはそんなシェルたちの会話へなかなか参加をしなかった。そのゼールの様子は、どこか緊張しているようにも感じられる。シェルは心配になったものの、今は以前とは立場が違うことを自覚し、余計なことを言わないように心がけるのだった。

 それからシェルとヴァンはそれぞれ来賓用の部屋へと案内された。


「長旅でお疲れでしょうから、明日のパーティーに備えてゆっくりお休みください」


 フォイはそう言うとうやうやしく頭を下げた。そんなフォイへシェルもヴァンも短く礼を言う。この間、ゼールは一言も声を発することはなかった。どこかよそよそしい雰囲気のゼールを不思議に思いながらも、シェルは用意された来賓室へと入るのだった。

 シェルが以前この王宮に来ていたとき、使っていた部屋はいけにえ用の部屋だった。ゼールの部屋の隣に用意されたその部屋と、ゼールの部屋を行き来する日々だったのだが、今回用意されていたのはそんな生贄用の部屋とは違う、来賓用の部屋だ。初めて入るその部屋は生贄用の部屋と比べてごうしゃで広い。生贄用の部屋もそれなりに調度品が整えられていたが、今回の部屋ではその調度品全てのランクがとても高いのだ。


すごく、豪華な部屋だわ……)


 人間国王宮にも来賓用の部屋は設けてはいるものの、ここまで豪華かと言われると少し自信がなくなる。シェルは少し緊張しながらもその部屋で休むための準備を進めていた。

 準備をしながら考えることは、この一つ屋根の下にいるゼールのことだった。


(案内は一緒にしてくれたけれど、結局、私の方は一度も見てくれなかったな……)


 そうなのだ。

 ゼールは部屋まで一緒に来てはくれたものの、シェルの方を見ることは一度もしてくれなかったのだ。少なくともシェルがゼールを意識して見ている間、彼は一度もシェルを見てはくれなかった。


(『極上の生贄』ではなくなった私には、やっぱり興味がないって意味なのかな……?)


 シェルはそこまで考えると悲しくなるのだった。

 そうして就寝の準備が整ったシェルは広いベッドに横になる。旅の疲れからすぐに眠れると思っていたがなかなか睡魔がやってこない。どうしてもゼールのことが気になってしまい、寝付くことができなかったのだ。


(このまま起きてても、明日に支障が出てしまうわ)


 そう思い、寝ようとすればするほどやはり睡魔は遠ざかってしまうようだった。

 シェルは一度ベッドから身体を起こすと、ホットミルクの用意をする。この部屋には簡単な調理ができるように簡素なキッチンが備え付けられていたのだ。

 それからホットミルクを一杯飲んだシェルは自身の気持ちを落ち着かせる。


(私は今、生贄ではなく、人間国の姫としてここにいるの。獣人国の王族に失礼があってはいけないわ)


 本当ならすぐにゼールの部屋へと行き、どうして自分の方を見てくれないのかと問いただしたい気持ちになっていたのものの、それをこんな夜更けにしてしまっては人間国王族の品性を疑われてしまう。

 シェルは走り出したい衝動を抑えて、再びベッドへと潜り込むと数度の寝返りをうった後、ゆっくりと眠りの世界へと入って行くのだった。


「……様、姫様、朝でございますよ」

「ん……」

「シェル姫様、朝でございます」

「あ……」


 翌朝、シェルは揺すられる振動と供に、自分を呼ぶ声に起こされた。目を覚ましたシェルの目の前にはいつもの侍女の姿があったのだ。


「おはようございます、シェル姫様」

「おはよう……」


 シェルはぼーっとする頭で侍女を見上げる。見慣れぬベッドの上と、見慣れる調度品に囲まれた部屋を見て、少しずつ意識が戻ってきたシェルは、


「あ、今日はヴァンちゃんのパーティー……」

「さようでございます。姫様がこんなに遅くまで眠っておられるなんて珍しゅうございますね」


 侍女はそう言うと、シェルがベッドから出てくるのを待っている。

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