六、人間国の姫

六、人間国の姫①

 翌日、人間国の王宮に戻ったシェルを、人間国国王は今にも号泣しそうな勢いで歓迎した。シェルは大げさだと思ったものの、それでもこうして歓迎してくれたことを感謝した。そしてこの出迎えの中にはヴァンの姿もあった。少し見ない間にヴァンの背は伸びたように感じる。


「ヴァンちゃん! 久しぶりだね。大きくなった?」

「おう。あの、シェル……。お帰り」

「ただいま」


 短い会話を交わした二人だったが、突然シェルが思いついたようにあっ、と声を上げた。


「明日、ヴァンちゃんの都合の良い時間に訪ねてもいいかしら?」


 ヴァンはシェルのこの誘いに不思議そうな顔をしていたが、すぐに、


「俺から行くよ」


 そう言ってくれた。シェルはその言葉に甘えることにし、旅の疲れもあって早々に離れへと移動するのだった。

 離れに到着したシェルは、久しぶりに感じる自分の家の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。


(はぁ……。落ち着く……)


 そうしてその日は荷ほどきもほどほどに、シェルは旅の疲れからかベッドへと倒れ込んでしまうのだった。

 次の日は日の昇ったまぶしさでシェルは目を覚ました。それから久しぶりに自分の朝食を自分で用意する。獣人国にいるときはシェルは『極上のいけにえ』でもあり、『人間国からの来客』として丁重に扱われていた。そのため朝食は自分が用意しなくても目覚めるとフォイが持ってきてくれていたのだ。


 朝食を終えてからシェルは昨日できなかった荷ほどきや獣人国からの土産類の整理を始めた。ヴァンが来るのは午前中の授業を終えた後になるだろうと考えていたため、侍女の手伝いも借りながら部屋の中を片付けていく。

 そうして片付けも一段落ついた頃、タイミングを見計らったかのようにヴァンがシェルの離れを訪ねてきてくれた。


「ようこそ、ヴァンちゃん! 来てくれてありがとう!」

「あ、うん……」

「さぁ、入って!」

「お邪魔、します」


 少しぎこちない様子のヴァンだったが、シェルは気にした様子を見せずにヴァンを部屋の中へと招き入れた。ヴァンは久しぶりに来るシェルの離れに少し緊張しているようだ。

 シェルはちょうど昼食時と言うこともあり、用意していた昼食をヴァンに振る舞った。


「午前中の授業を終えて疲れたでしょ? いっぱい食べてね」


 シェルの優しい言葉と笑顔に、ヴァンは照れたように顔を赤らめていた。それから小さく、


「いただきます……」


 そう言って、シェルの出した昼食に手を伸ばしていく。しそうにバクバクと食べてくれるヴァンの様子を見て、シェルは幸せな気持ちになるのだった。

 そうして二人であいない話をしながら昼食を平らげていく。午前中に荷ほどきを手伝ってくれていた侍女はもういない。二人だけの空間で、ヴァンの緊張もほぐれてきたところで、シェルはヴァンに質問を投げかけた。


「ヴァンちゃんは、どういった王様になりたいって思っているの?」

「どういった王様?」

「そう。例えば、強い王様とか、国民思いの王様とか」

「そうだなぁ……」


 ヴァンはしばらくのあいだ考えて、ゆっくりと口を開いた。

 自分が求めている王とは、国民をリードできる強い王である、と。


「獣人国との戦争の歴史があるからこそ、人間国の国民たちが安心して暮らせる国にしていきたい。そのためには、やっぱり強い王になるしかないって思うんだ」


 ヴァンの意見を聞いたシェルの表情は真剣だった。

 当たり前のことかもしれないが、ヴァンはゼールとは違った王としての姿を模索しているようだった。そのために毎日朝早くから、国王となるための教育を受けているのだ。


「私も、ヴァンちゃんが受けてる授業を受けてみようかな……?」


 シェルは思わずそんなことを口に出していた。驚いたのはその言葉を聞いたヴァンだった。


「シェルが、国の未来を考えてるの?」

「その言い方、ちょっとひどい……」

「あっ! ごめん!」


 ヴァンの口から出た言葉に悪気がないことが伝わっていたシェルは、とがらせていた口を笑顔に変えた。


「いいよ、大丈夫」


 そう言って笑うシェルの笑顔にヴァンはうつむいて、食後に出されていた紅茶を口にするのだった。それから気を取り直して、


「獣人国にいる間、何かあったの? シェル」


 そう尋ねてきた。シェルは思わずゼールと身体を重ねた日々を思い出して顔を赤らめてしまったが、すぐに頭を振ってそんな自分の思考を振り払う。それから言葉を選びながら、


「獣人国のゼール王子はね、国民のことを考える方だったの」


 そう言って話し始めた。

 獣人国でシェルがさらわれたとき、熱を出して倒れたとき、そして元生贄の女性たちを探していたとき、助けてくれたのはゼールだったのだ、と。


「へぇ~……、あの無愛想王子様が?」

「私もね、最初は怖い人かなってちょっと思ったりもしたけれど、いつも行動の根っこには国民のことがあったのよ」


 人間国へと帰る前日の夜、二人で見た夜景を思い出しながらシェルは言った。ゼールの思いはしっかりシェルに伝わっていたのだ。


「だから、ヴァンちゃんがどんな思いで、毎日授業を受けているのかなって、興味を持ったの」


 獣人国の王子は国民のための王になろうとしていた。じゃあ、人間国の王子は?

 それは単純なシェルの疑問だったのだ。


「でもさ、シェルがこんなに国同士のことに興味を持つなんて、珍しいね」

「そうだね」


 ヴァンの言葉にシェルは嫌な顔一つせず肯定した。

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