二、王子と姫のはじめまして

二、王子と姫のはじめまして①

 ダンスホールでは少し高い位置に席が設けられており、そこにシェルの父王が鎮座していた。まずはそこへ行きシェルは父王へと挨拶を行った。


「このたびはお招きいただき、ありがとうございます」

「おぉっ! シェル! そうして着飾るとますます母親に似てきておるな」


 父王は久しぶりに会った娘の顔をニコニコと見る。そんな父王の傍には人間国の、現段階では次期国王となるヴァンが正装に身を包み立っていた。ヴァンはチラリとシェルを見たが、シェルがヴァンにニコリと笑いかけると、顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまう。そんなヴァンの様子がシェルにはなんだか微笑ましく感じてしまうのだった。


「さて、シェルよ。本日は何のためのパーティーか分かっているな?」


 父王からの言葉にシェルは再び顔を父王の下へと戻すと、


「獣人国、次期国王になられました第一王子、ゼール様を祝うためのパーティーですわ」


 そうよどみなく答える。そのシェルの聡明さに国王も感慨深そうにうんうん、と何度も頷いた。


「では、その主役であるゼール王子殿下を呼ぼう!」


 父王はそう言うと、後ろにあった扉の前に身体を向けた。シェルもヴァンもそれに倣って、扉へと身体を向けて注目する。観音開きの扉が開くと、そこから大きな体躯の二人の獣人族が現れた。

 一人は褐色肌のゼール王子だ。肩幅が広く胸板は厚い。正装に身を包んでいてもなお、その体格の良さが伝わってくる。そんなゼールの背後からはふよふよと左右に動いているふさふさの灰色の尻尾が見え隠れしていた。シェルはそのふさふさとしてゆらゆらと動く尻尾に釘付けになってしまう。


(凄く、触りたい……!)


 シェルはそんな欲求を何とか抑えながら顔を上げる。すると綺麗な顔をしたゼールと目が合ってしまった。ゼールはシェルに鋭い視線を向けたが、シェルはその視線に動じることなく、それどころか、


(カッコイイ……!)


 ゼールのその冷たい視線に心なしかときめいてしまった。

 そんなゼールの傍に立っているのはゼールとは対照的に色白の肌をした真っ白な尻尾と三角に尖った耳を持ったフォイだった。フォイはゼールとは違いニコニコと愛想が良い。しかしその耳はピクピクと動き、常に周囲を警戒しているのが見て取れた。


(不思議な動きをするのね……)


 シェルはその動く耳を見てそんな感想を抱く。

 国王はそんな二人の横に立つと、パンパン! とその両手を打った。その瞬間、騒がしかったダンスホール内が静まりかえり、その視線が一気に壇上の国王、並びに獣人族の王子や人間国の王子、そしてシェルへと向けられる。


「皆さん! こちらが獣人国次期国王のゼール王子だ!」


 国王は褐色肌のゼールをそう言ってダンスホールに集まっていた王侯貴族へと紹介した。その紹介を受け、ゼールが小さく頭を下げて応える。フォイはそんなゼールの後ろで影のように控えており、何があってもすぐに動けるように警戒を怠っていない。


「今日はこの、ゼール王子の祝いの席だ! 是非、楽しんでいって貰いたい!」


 国王がそう言うと、ホール内が拍手で湧いた。そうしている間も、シェルは横目でゼールの左右へゆさゆさと揺れている尻尾を見ていた。

 パーティーの参加者への挨拶が済んだ直後、オーケストラの生演奏が始まった。ダンスホールでは立食パーティーが出来るようにホールの壁際に豪華な料理が並び、中央のシャンデリアの下はオーケストラの音楽に合わせてダンスを踊る男女が笑顔でドレスや燕尾服をひらめかせていた。

 参加者への挨拶を終えた国王はゼールへと向き直ると、


「ゼール王子。こちらが私の最愛にして一人娘のシェルだ」

「シェル・ベルヴィンと申します。よろしくお願い致します、ゼール王子」


 紹介されたシェルはそう言ってにっこりとゼールへと微笑みかけた。しかしゼールはそんなシェルへにこりともせず、


「よろしく」


 そう低い声で返答した。その様子を見ていたヴァンが、シェルのドレスの裾をちょいちょいと引っ張った。シェルがどうした? と身をかがめると、


「言った通りだろ? ゼール王子は無愛想なんだ」


 そう耳打ちしてきた。

 なるほど、確かにゼール王子はお世辞にも愛想がいいとは言えない。しかし年頃のシェルにとっては、そんなところもまた、


(クールでカッコイイかも……)


 と思ってしまうのだった。

 そんなシェルの様子を黙ってニコニコと見ている者がいた。フォイだ。細められた瞳に何かを企てている色を隠して、フォイはじーっとシェルの様子を見つめていたのだった。




 そうしてパーティーが進むとシェルもダンスホールの方へと下り、ダンスの誘いを受けた。数人の貴族たちと踊った後、シェルは少し疲れてダンスホールの端の方で休憩をすることにした。


(やっぱり、久しぶりのパーティーは疲れますね……)


 少しゲッソリした様子のシェルだったが、


「シェル姫様」


 頭上から突然、低く澄んだ声をかけられて顔を上げた。そしてその声の主を見た瞬間、シェルのブルーの瞳が驚きに見開かれる。

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