一、人間国と獣人国③

 そんな泥沼化した関係を持つ歴史に終止符を打つために動いたのが、現人間国国王と、獣人国国王なのである。

 現国王たちは『生贄政策』の他にも、次々と両国の関係改善に動いている。今回ヴァンが獣人国へと訪問したことも、両国の友好を深めるためのことなのだった。

 その流れ自体はシェルも否定はしない。むしろ、自分の父王を誇りにさえ思っている。しかしヴァンは、


「人間国が譲歩しているようにしか見えない」


 そう言うのだった。


「だって、なんで人間が生贄を獣人に捧げないといけないんだ? 自分たちの問題だろ? レイガーを自分たちで抑える努力をしろよ」


 不満そうに言うヴァンの意見にも、シェルは否定することが出来ないのだった。


「まぁでも、お父様たちが平和に向けて動いてくださったから、今、こうして暮らせているのだし、ね?」


 シェルはヴァンをなだめることしか出来なかった。

 シェルのレイガーに対する意見はまだこの頃はない。見たこともない獣人への憧れはあるものの、政権とはあまり関係のない姫である自分が、口出しをすることでもないだろうと思っていたのだ。


(そう言った難しい問題は、お父様たちにお任せしておきましょう)


 下手に口を出しても、事態が好転するようなことはないだろうと、シェルは思っていたのだった。




 母の命日を過ぎてすぐのことだった。一枚の封書を持った従者が、シェルの離れを訪ねてきた。この従者は時折、シェルへと国王からの封書を渡してくれるのだ。

 今回も近況を知らせるだけの手紙程度に思っていたシェルは、従者からいつものように封書を受け取った。その場ですぐに封を切り、中へと目を通していく。読み進めていくうちにシェルの青い目が丸くなっていく。

 その封書は、パーティーの招待状だったのだ。しかもこのパーティー、ただのパーティーではない。獣人王子のゼールを招待した、ゼール王子の王位継承を祝うパーティーなのだ。その参加者にはもちろん、ゼール王子も含まれている。


「シェル姫様。姫様がパーティーを嫌っていらっしゃることは重々承知なのですが……」


 従者は言いにくそうに口を開いた。

 普段、人間国の王侯貴族たちが行うパーティーの招待を、シェルは断り続けていたのだ。参加したところで、シェルに近付くものはみな、シェルの父王の権力を欲しているに過ぎないと感じたためだ。そのため、今回のパーティー招待も断られると思っていた従者が怖ず怖ずと続きを口にした。


「今回、獣人国との友好関係を築くため、姫様には拒否権はない、と……」


 徐々に尻つぼみになってしまう従者の声だったが、シェルはパーティーの招待状からゆっくりと顔を上げると、従者を見つめてハッキリとした声でこう答えた。


「お受け致します」

「え?」

「今回のパーティー、参加致します」

「本当ですかっ? 姫様!」


 シェルの言葉に耳を疑う従者だったが、シェルはその場でペンを取ると、父王へ今回のパーティーに参加する旨を一筆、したためた。それを従者へと渡す。


「これで安心ですよね?」


 シェルはにっこりと微笑んで、そう言うのだった。


 それからのシェルはゼール王子を祝うパーティーに向けての準備で忙しくなった。せっかくの友好国とのパーティーだ。ドレスも新調することになった。そのための採寸や生地選びに時間は割かれていく。さらにそのドレスのデザインに合ったアクセサリー選びも行っていく。

 シェルはこの選ぶ作業がどうも苦手ではあったのだが、侍女はシェルが久しぶりのパーティー参加と言うことで張り切っていた。半ば侍女に押される形でシェルはパーティーの準備を進めていく。


 それから一ヶ月ほどが経った頃、いよいよ準備をしてきたパーティーの当日がやって来た。シェルは早朝からいつもの侍女と一緒にパーティーの支度を調えていく。オーダーメイドの新調したドレスを広げる。オーガンジーをふんだんに使ったフワフワの水色のドレスはしっかりとコルセットを締めることでシェルの女性らしいボディラインを強調していく。シルバーの長い髪の毛にも丁寧にくしを通してサラサラにしていく。メイクは濃くせず、ナチュラルな中にも目元や口元など強調すべき所のみを強調し、最後にオレンジのチークで血色を良くすることで美しさをプラスさせていく。

 そうして準備が出来上がった頃、時刻はすぐに夕刻に差し掛かっていくのだった。


「では、シェル姫様、向かいましょうか」

「えぇ」


 シェルは侍女に促され、王宮から来ていた迎えの馬車に乗り込んでいく。長いドレスの裾を踏まないように細心の注意を払いながら歩を進めていく。そうしてシェルは侍女と共に馬車に乗り込むと窓の外に顔をやった。ほどなくして馬車が発車する。

 シェルは久しぶりに向かう王宮への道のりをぼーっと眺める。この道を行くのは実に何年ぶりだろうか。おそらく母王妃が亡くなった時以来ではないだろうか。

 シェルにとって王宮はあまりいい思い出のある場所ではなかった。王宮内では人間国の一の姫としてのやれ礼儀だ、作法だと口うるさく指導されたものだ。シェルはそんな口うるさい風習に辟易としていた。


(もっと自由に……、なんてことは、この国の姫に生まれた以上、どだい無理な話よね)


 シェルがそんなことを考えていると、すぐに王宮へと馬車が到着した。シェルは先に降りていた侍女の手を取って再びドレスの裾を踏まないように注意しながら馬車から降りる。それから用意されたダンスホールの隣の部屋へと入る。この部屋は、シェル用に国王が用意したお色直しなどを行うための控え室のようなものだ。王宮内に入ると今夜のパーティーに向けての華やかな空気が伝わってくる。シェルもその空気の中、初めて対面するであろう獣人族についてワクワクと胸を躍らせるのだった。 

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