一、人間国と獣人国②

「お、落ち着けよ、シェル……」

「獣人国のこと、詳しく教えて!」


 ヴァンの両肩を掴んでいるシェルの手に力が入る。ヴァンは、お、おう……、とうわずった返事をすると自分が見た獣人国について話しを出した。

 ヴァンが獣人国へと出向いたのは、先の話に出てきたゼール王子の王位継承権獲得を祝うためだった。現状、人間国での王位継承権を得ている自分が、父王に連れられて獣人国へと出向くことになったのである。


 さて、人間国を出て西へ進むと現れるのが獣人国である。この国の国境を警備しているのもまた、獣人族であった。国境を越え、獣人国の王宮へと向かう馬車の中で、ヴァンは幼い好奇心を抑えきれず、馬車の窓からそっと外を覗いてみた。するとそこには、


「耳が頭の上にあって、太い尻尾をゆらゆら揺らしている獣人族たちが、街に溢れていたんだ」

「凄い! そんな姿をしているのね!」

「牙が見え隠れしてるヤツもいた」


 ヴァンの話にシェルの瞳がますます輝いていく。ヴァンの話は続く。

 獣人族は皆、大きな体躯をしていた。とりわけ男性の獣人は肩幅が広く、みな一様に筋肉質である。幼いヴァンからしたら、その大きさは少し恐怖心を抱くものだった。


「あそこまで大きい身体のヤツ、人間にはそうそう居ないよ」


 ヴァンは思い出して怖くなったのか、ブルッと身震いをした。


「肌の色はっ? 後、髪の毛とか、そう言うものはあるのかしらっ?」


 シェルはヴァンの話を聞いてどんどん獣人族への興味を抱いていく。ヴァンはそんなシェルからの質問に視線を宙に彷徨わせながら、なるべくしっかり思い出して答えた。


「肌は、焼けているヤツも多く居た。髪の毛は尻尾の毛よりも人間の毛に近い感じがしたかな」


 他にも、体毛は思っているよりも濃くはなかったと言うことだ。

 ヴァンは獣人、と言うからにはてっきり、口元が獣のように前へと突き出していて、全身が毛むくじゃらの二足歩行の生き物を想像していたのだが、その想像よりも人間らしい外見に驚いたと言う。


「大きいだけで、人間と大差ないのね……。不思議な生き物だわ……」


 ヴァンからの話を聞いたシェルは、いつか獣人族と会ってみたいと思うのだった。

 そんなことを思っているシェルは、一般的な人間女性に比べて身長も低く華奢である。そう言った点では獣人族とは真逆の体格だろう。

 シルバーの長い髪の毛と真っ青な瞳は人間国の王家の象徴である。ヴァンもまた、美しいシルバーの髪を持ち、瞳の色は濃いブルーであった。


 そんな二人は再び、手を繋いでシェルが一人で暮らしている離れへと歩いて行った。母親の墓から離れはそんなに遠い位置にはない。ただ、離れは王宮内の森を切り開いて出来た場所のため、道中少し入り組んでいる。

 シェルにとっては勝手知ったる森の中ではあったものの、ヴァンには最初、何度もシェルと王妃が住んでいる離れを目指しては迷子になりかけていた。


 離れに到着したシェルはすぐに台所へと向かう。それからお湯を沸かしている間に紅茶の準備を行う。ヴァンはその間、小さなテーブルの前にある椅子にちょこんと座った。


「話は戻っちゃうんだけど、ヴァンちゃんって、獣人族を見てみた感じどうだったの? 好き? 嫌い?」

「お、俺っ?」


 急に話を振られたヴァンが面食らう。しかしシェルの声は柔らかく、質問の答えを隠すほどのことでもないと思わせた。だからヴァンは素直にこう答えた。


「ちょっと、怖い、かな……」

「怖いの?」


 シェルは沸騰したお湯でカップを温めると、少しだけお湯を冷ましてから紅茶を煎れていく。そうして出来上がった紅茶をヴァンに差し出しながら、どうしてヴァンが怖いと思うのかを尋ねた。


「俺が会ったゼール王子ってヤツは、街で見かけた獣人族よりも大きい気がしたんだ。しかも全く笑わなくてさ。視線も鋭くて、俺、このままコイツに喰われるんじゃないかって思っちゃったよ」


 ゼール王子の祝いのために出向いた王宮内での出来事をヴァンは思い返していた。

 同じ王位継承権を持つものとして、ヴァンは仲良くなろうと思っていたのだがどうやら、相手のゼール王子は友好的ではなかったようだ。ヴァンが挨拶を行うと、こちらをチラリと見やったが、それ以降は興味がないと言わんばかりにそっぽを向き、聞かれたことにのみ端的に答えていたそうだ。

 そんなゼール王子の態度は幼いヴァンに恐怖心を植えつけた。


「獣人族とは、仲良く出来そうにない、かな……」


 ヴァンは紅茶を一口すするとそう締めくくった。それを聞いていたシェルは悲しそうな顔をする。もし機会があれば自分も獣人国へと出向き、獣人の友達を作りたいとまで思っていたのだ。


「普段があれだとしたら、『レイガー』ってヤツはどれだけ恐ろしいんだろうな」


 ヴァンの言葉にシェルもレイガーについて考えた。

 人間国と獣人国の歴史を語る上で欠かせないもの。それが先にも述べた獣人族王家特有のレイガーである。このレイガーが引き金となり、多くの戦争の歴史もあった。もちろん、人間国もただ攻められるだけでは終わらない。人間国側からも獣人国に戦争を仕掛けることもあった。

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