ラストエピソード・Side A

「うらめしや、有哉君」

「深夜二時にふさわしい第一声だねぇ、初姫ちゃん?」


 白咲初姫はぶっ壊れた。と言いたいが。

 驚くなかれ、これが、通常運転である。


 白咲初姫は俺の上に腹ばいになり、どこか青みがかって見える不思議な目を瞬かせた。彼女はこういう子なのである。無理やり人の押し入れに泊まった挙句、いきなり這い出て来てうらめしやとか言い出すのだ。だが、前触れなく上に乗ってくるのは勘弁願いたかった。首を絞められるのかとびっくりするんですよ。だが、そう思う薄ら暗い背景事情については割愛。俺のことなんてどうでもいいのです。今の問題は初姫ちゃんですよ。


 俺は再度スマートフォンで時間を確認した。

 揺らぐことなく深夜二時ですね。いったい、この子どうしたのかしら。


「なんで、起きちゃったのよ、初姫ちゃん。?」

「そうですね、有哉君。現在、私も体が冷えているせいか、眠くてたまらないのでさっさと用事を済ませたい所存です。冷蔵庫のお茶ですが、勝手に飲んでもいいですか?」

「あーっ、喉乾いちゃったのー? いいよ、いいよー、好きなだけ飲みたまえ」

「ありがとうございます。ご慈悲に、初姫大感激」


 初姫ちゃんはそう言い、俺から降りると、冷蔵庫に這い寄った。マイ冷蔵庫から、一番大きいウーロン茶を取り出すと、容赦なくラッパ飲みをする。そこで小さいのを選んでくれないのが、流石の初姫ちゃんだ。トイレに行かなくていいのか心配になるが、それはまぁ、ピンチになれば再び起きるだろう。


「うっ、うー……眠さがマックスピークで、行き倒れしそうです」

「マックスとピークは意味がかぶってない? それはそうと、ほら、初姫ちゃん自力で入って入って」

「ううーっ」


 本当に眠いのか、彼女はずりずりと移動すると、現在の棲家である押し入れに戻った。バフッと布団の上に倒れこむ。もちろん、肝試しとかは言い出さない。クーラー様の偉大さを、俺はつくづく実感した。これから先は、ちゃんとクーラーを切らないように注意しないとね。じゃないと、どんなホラーな目に遭うか、わかったもんじゃない。ゾンビ映画はごめんなのだ。俺も再び目を閉じる。


 その時、初姫ちゃんの声が聞こえた。


「…………………量産型、有哉君っていいですよね?」

「………………急に、何を言い出すの、初姫ちゃん?」

「届けッ、有哉君へッ!」

「何かが発射された模様だねぇ」


 なんか、この子怖いこと言ってる。だが、その先は続かなかった。初姫ちゃんは、小さな寝息と共に眠りだす。鼻提灯でも作りそうな呑気な顔を見ながら、俺はふと思った。


 あの時、俺は神様がどうにかしてくれないかと願った。

 あの無茶苦茶な急展開は、誰が招いたものだったのか。

 

 もしかすると、もしかするのかもしれない。

 この無茶苦茶なお姫様なら、そんなこともやるかもしれない。



 悲劇的なお話も、捻じ曲げてくれそうな子だしね。

「…………………………ねぇ、初姫ちゃん、あの箱は」



 って…………うん? 箱ってなんだ? 俺はいったいなにを言っていますか?



 いや、記憶の修正だかなんだかが行われたかのように、なにを言いかけたかわからなくなりましたよ。混乱した時は、寝るに限るね。急に自分の脳味噌が不安になったのでこれでおしまい。俺は頭を枕に戻す。ギュッと目を瞑って、おやすみなさい、初姫ちゃん。


 また、明日。肝試しの替わりにさ。

 一緒にご飯でも、食べに行こうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る