11・Side O

 きらりんと、箱はどこかへ消えた。

 その直後、突然、世界は崩壊した。


 強固に保たれていた部屋はなくなり、後には、灰色の煙が漂っている。箱を投げたことで、なにか強烈な変化が起こったらしかった。これはもしかしないでも、もしかするのだろうか。俺はふわふわと浮かびながら、隣の初姫を眺める。実行犯の彼女は、とても満足げな表情をしていた。むっふーと言い出しそうな顔が、くるりと僕の方を振り向く。


「どやっ!」

「いえ………そんなことを言われましても」

「ふふっ、どうですか、小田桐さん。この私のエキセントリックな行動の成果は」

「エキセントリックである自覚がおありであったことに、多少驚きました」


 自覚があるのなら、せめてもう少しだけ、発言に注意して欲しかった。もう、喉がカラカラである。だが、今回、腹はほとんど開かなかった。雨香は静かに、沈黙している。怪異に遭遇したのに珍しいにもほどがあった。それも陰惨な状況を考える暇もなく、初姫が色々と言ってくれたせいかもしれない。そう考えると、僕は心からの感謝を覚えた。空中でバランスを取りつつ、僕は彼女に向かって、頭を下げる。


「ですが、色々とありがとうございました。初姫さんのおかげで、とても助かりました」

「いえいえ、それほどでもありませんよ。ちなみに、エキセントリックなあれこれについてですが、自分の言動がこの清楚な顔からくる世評とずれていることは、有哉君の反応もあり、実感済みです。その点はこの笑顔に免じて帳消しにして頂けないものかと」

「いえいえいえいえいえいえ」

「あら、かわいらしい。許しちゃうー。そう思いませんか? 駄目ですか?」

「駄目です。加点されません。むしろ、その言動は減点です」

「何ですと。手強い。女の子としてショックは受けますが、仕方がありませんね。それでは、色気を捨てて、素直に物理に走り、ドリンクバーを唸らせることにしましょう。お詫びに、好きなだけ飲んでいただいて結構ですよ」

「ドリンクバーって、元々飲み放題でしたよね?」


 前言撤回。やはり、この子はわけがわからなかった。僕達は、空中をふわふわと漂う。初姫は、飽きたのかクロールを始めた。ずっとこのままにされたらどうしようか。そう心配になった瞬間、煙はぐるりと回転した。見えないなにかが加速し、渦を成していく。


「これは……」

「なにごとかが起きていますね」


 僕達は顔を見合わせた。どうやら、誰かがなにかをしているらしい。そして、これを行える人物に、僕は一人だけ心当たりがあった。だが、初姫にはなにが起こっているかはわからないだろう。そのはずだが、彼女は特に動じた様子もなく深く頷き、胸に手を当てた。


「どうやら、お別れですね…………小田桐さん」

「大変失礼なことを申しあげますが、あなた、いったい、なにがわかったんですか?」

「お別れの予感は素直に察することに定評のある、白咲初姫です。私にはわかります。何故なら、この状況は、ゲームのラスボス討伐後、仲間達が元の時空に帰る直前、感動的なセリフを言っていく不思議空間のシーンと酷似しているからです」

「えーっと、いまいち想像ができないのですが、確かにお別れの場面ではあるかと」


 なにせ、空間の回り方が尋常ではないのだ。これは、気がつけばマンションの外で、四人全員が立っているという終わり方にはならない気がした。繭墨が、いったいなにをしているのかはわからないが、強制的に、どこかに移動させられそうな予感がする。僕の言葉に、初姫は大きく頷いた。彼女は深々と頭を下げる。黒く艶々な髪が、さらりと揺れ動いた。


「それでは、さようなら。小田桐さん。実にお世話になりました」

「そうですね……こちらこそ、本当にありがとうございました、初姫さん。恐らくですが……僕達がこうして無事脱出できそうなのも、あなたのおかげだと思います」

「まぁ、嬉しい一言ですね。神様のように崇め奉ってくださっても結構ですよ」

「そ、それは丁重にお断りしておきますね」

「わかりました。仕方ない、仕方ない」

「わ、わかってもらえれば嬉しいです」


 僕の言葉に、彼女はこくりと頷いた。僕達は向かい合い、こくこくと頷き合う。やっぱり、何だか謎の状況になるな。そう思った瞬間、空間は、一際激しくぐるりと回った。初姫も、渦に巻き込まれた金魚のように、ぐるりと回る。瞬間、彼女は小さく呟いた。


「一体、どこに行くのでしょうね? まぁ、私は」

 どこでも、有哉君と一緒ならそれでいいですが。


 そして、彼女はパッと消えた。同様に渦に巻きこまれながら、僕は目を閉じた。実に、変わった子だった。彼女とは、また会う機会はあるのだろうか。その時は、有哉君とやらも一緒なのだろうか。結局、伝え聞く彼とは会わないままになってしまった。


「やれやれ……本当に不思議な人だったな」


 実にエキセントリックな子だった。あの少女にあれだけ好かれて平気とは、アリヤクンとやらは、いったいどんな人物なのだろう。特徴も聞かなかったので、どんな人かはわからないが、知らないうちに出会うこともあるかもしれない。あまり気が合わない予感もするが、会ってみないと本当のところはわからないだろう。僕は深く頷いた。その間にも、僕は強烈な嵐の中に飲まれていく。


 繭墨は遠慮もクソもなしに空間を回す。

 それに、翻弄されながら、僕は考えた。



 全くもって、繭さんも十分、横暴だな。

 そこで、僕の意識はぷつりと途絶えた。

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