8・Side A

 子供のオモチャの代わりですね

 と、わかったところで、それからどした?


 なぞなぞの出題者である繭墨さんは、いったいどうするおつもりですかね。特に意味はなかったのならありやん怒りの拳である。嘘、この人を殴るのはちょっと無理があります。神様関係に拳を振るうようなもんでしょう? そんなことできませんって。祟りが怖い。


「つまり、この空間を作りだしたのは、心中事件で無理やり道連れにされた、子供の方、ということさ。空間だけでなく、時間が歪んでいるのもその関係だろう。部屋の中で四六時中過ごしていたせいで、この世界―――再現された一室内の時間は常に曖昧で、狂い続けているのさ。さて、その子は火事が起きた時、どこに逃がれ、どこで息絶えたのかな? 考えてくれるかな、有哉君? この部屋には、もう一つ不思議な点があるね」


 外には出られないのに、窓は開いているよ?


 繭墨さんは、トンッと俺の背中から飛び降りた。その背中には相変わらず紅い唐傘が咲いている。走っている間の、俺の空気抵抗との戦いを考えて欲しかったですね。この横暴っぷりを、普段から許しているのはいったい誰だ。件の小田桐さんならそちらを相手に戦いたいところである。でも、俺の方も初姫ちゃんが迷惑をかけている可能性が微レ存。


「あー、初姫ちゃんに会いたい」


 あの子、いったい、どこへ行っちゃったんだろう? 初姫ちゃんは滅多なことでは死にそうにない気がしてるけどさ、ちょっと、安心して放置しすぎたね。うん、やっぱり心配。でも、おろおろと、心痛という名の現実逃避に浸る間もないのです。守るべき繭墨さんは、俺を一人ゾンビ軍団の方へ残し、歩き出しています。待って、置いて行かないで。


「――――――――――――――見つけたよ、ここだね」


 一歩ベランダに出たところで、繭墨さんは足を止めた。ベランダの外側には黒い闇が広がっている。それに触れないよう、注意して、彼女は唐傘を回した。紅色が円を描き、空間を掻き回す。空間が回るわけがないだろう、何を言ってるんだお前はと言う表現ですが、実際に目の前で起きていることなのでご勘弁願いたい。更に空間は、。皮膚が破れたような、悲痛な幻聴が耳に刺さる。常識まで木っ端微塵だわ。SAN値が、そろそろマイナスになりそう。同時に、俺は目を見開いた。


 暴かれた空間の中には、黒い子供が、座っている。

 思ったよりも生々しくなくて、よかったと思った。


 よく見れば、その黒い肌は灰の集合体だった。目と口の位置には白く切れ込みが入っている。本人の意向なのかなんなのか、その姿は実物の死体より大分コミカルになっていた。で、あんまり怖くなかったので、俺もそれをじっと見つめてみる。。うーん、呪いで人を閉じ込めるだけはあるお顔です。どうやら俺達が大人しく人形にならないことに、お怒りで苛立ち中なご様子。でも、俺達だって生きている限りは生きていたいしさ。虐げられた子供側の感情には、とっても覚えがあるけどね。


 どうか、こっちの事情もわかってもらえないかなー? 駄目? 無理っぽい?


 悲しいとか、辛いとか、苦しいとか、痛いとか、そんな怨み辛みばっかりを積んで、積んで、積み上げた挙句、最後には殺されて、それで人間性を残せっていう方が無理か。

 

 子供だからって天使の如く清い魂を期待されたって、無理があるかー。

 うん、わかりますよ。そういうもんですよねー。ハハッ、世知辛いわ。


「まあ、こうなるときは、人間なっちゃうよね」


 ので、俺は別に、黒焦げの子を前に、嘆きも悲しみも怒りもしなかった。俺が哀れんだところで、この子にとっては余計なお世話でしかないわけですし。でも、共感はそれなりにしますね。俺だって一歩間違えればこうなってたんだ。生き伸びられたことを、神様に感謝するしかない。だが、この世界に神様なんてものが本当にいるのなら、目の前の黒焦げは存在しないだろう。助けて助けてと訴えたって、超常の存在は聞いてなんてくれない。結論、この世界には神様なんていやしない。なんとも虚しく乾いた話である。


 まぁ、俺の嘆きは横に放って、繭墨さんは、いったいなにをなさるおつもりなんですかね?


「さて、いちいちゾンビを止めるのは面倒で、君に逃げ回ってもらったんだがね。その間に観察した結果、本体の居場所は無事判明したよ。これで元凶を消すことができるね」


 ううん、今、なんて?

 消すわけか、コレを。


 消す、消すわけね。その物凄い不満とか、悲しみとか怨みとか辛みとか、心残りとか、全部を無視して、消滅させるわけね。ふーん。確かに、この人になら、できるだろうな。うん、別に異存はありませんよ? 他に方法はないんですかとか、そんなことを言い出すほど、俺はお人よしではない。そんなことをほざくなら、自分で何とかしろやボケとも思うし。でも、なんとなく、繭墨さんは、俺の賛同を得られなかった場合を考慮して、他の方法もあるかもしれないってことを匂わせているような気もする。だが、それに飛びつく気は、俺にはなかった。さっさと初姫ちゃんを回収して、愛しい家族の待つ家に帰り、世にも不吉な美少女や怪異の記憶なんて、お空の彼方に吹き飛ばしたいですし。


「うん、それで、全然いいと思いますよー」

 でもね、足が震えてるんだなぁ、これが。


「おや、君はこういうのを、意気揚々と消せるタイプだと思っていたんだけれどね?」

「はっはっはっ、理性は消す気まんまんですが、ちょっとこれはダブるっていうか、この子は運がなかった俺や妹って感じじゃないですかー。自分も同じ末路を辿ってたかもとか思うと、どうもねー。胃がごろごろしちゃうわ。でも止めませんよー、うふふっ」


 震えなんて無視するし、不快感も無視するし、あの時の自分を殺す気なのかっていう、一見して深遠なようで、無意味かつ無関係な良心からの問いかけも虐殺しましょう。なにせ、俺は家に帰りたいのだ。自己犠牲精神なんて、有坂家には産まれたときから存在しない。


 この子は殺され、俺は生き延びた。

 それに、涙なんて流しはしないよ。


「だから、全然いいと思いますよ?」

 ほら、今度は、震えずに言えた。


 でも、こう見えて、俺は博愛主義者だし、自分以外の全てのものの平穏を常に願っているような人間ですので、ちょっとは願わなくもないけどね。


 ―――――――――神様が。

 どうにかしてくれたらなぁ。

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