7・SIDE O

「――――――――――――――玩具の兵士、ですか?」

「えぇ、つまり、これはオモチャの代わりではないかと」


 初姫はそう頷いた。僕は後ろを振り向く。暴論にも思えるが、ゾンビのあらゆる感情を失った動きは、確かに安物の玩具を連想させた。クローゼットの中に仕舞われていた理由も、一応の説明はつく。一時提案を採用する価値はあるだろう。この子は勘がいい。僕がそう思ったところで、初姫は頭上を仰いだ。彼女は走りながら腕組みをする。


「と、言う思念が、天井から飛んできたような気がするんですよ」

「………えーっと、初姫さんは、テレパシーを使えるんですか?」

「いいえ、全く。強いて言うのならば、愛の力ですかね。マジレスすると、有哉君ならこう考えそうだなーと、その思考をトレースしてみた結果、思いついたんです。なんてこった。現物の有哉君なんていらんかったんや」

 

何やらひどい物言いである。その有哉君とやらとは、仲良くなれそうな気がした。だが、どうだろう。この子の相手が平気な人間なら、気が合うか合わないか、微妙な線だ。思わずそんなことを考えた僕を置いて、突然初姫はあさっての方向に駆け出した。なにを考えているのか、彼女は流し台に飛びつき、よじ登り始める。そのまま縁に足をかけ、不安定に揺れながら、頭上の棚を探り出した。僕は慌てて走り寄り、その背中を支える。


「とっ、突然、なにをやりだすんですか、あなたはっ?」

「代わりが必要ということはですよ、小田桐さん。考えてみてください。ということです。更に、更にですよ。それこそが、この部屋を作った原因な気もしますね。私だって有哉君を突然取りあげられた日には、大人しく成仏することができず、死体を集めて、有哉君っぽいものを、量産するしかない予感がします」

「量産って、どうやってですか?」

「そうですね。素材は迷い込んだ人間しかないわけですから、切って、縫って、繋げて」

「発想が怖いッ!」

「想像してみたら、自分の刺繍能力に絶望を覚えました。やはり、女子力は必須ですね。そもそも、私自身が死んでいる段階で、食べてもらうべき体が消滅しているという事実を忘れていましたよ。速やかに後を追うのが無難なところですね。一瞬で、この部屋の持ち主が、共感できる相手から、理解の範疇外の存在になりました。誠に遺憾です」

「それよりも、初姫さん、後ろ後ろッ! ゾンビが来てますからッ!」

「あららっ?」


 初姫の腰を浚い、僕は再び駆け出した。これだけ止まって喋っていれば、流石のゾンビも追いつく。のろのろと、腐敗した手が伸ばされた。だが、危うい位置で空を切る。間一髪、僕の肩の上に担がれた初姫は、あらっと感心したような声をあげた。それにしても、繭墨で慣れてはいるが、この子は彼女よりも重い。きついので早く降りてもらいたかった。歯を食いしばって足を進めつつ、僕は彼女に声をかける。


「なんとか、再び距離を取りますから、そうしたら、初姫さんは降りて……」

「それよりも、小田桐さん。上手く距離を取れたのなら、私を担いだまま、さっきの棚の前に、戻ってくださいませんか?」

「なんでですか? 僕の肩が砕けるでしょうがッ?」

「女の子を担いだ程度で砕けるような肩なら、最初から引っこ抜けってばっちゃんが言ってました………それに、考えてみてくださいよ。ここでなんとか上手いこと、この場を作っている人物の、怨念だか無念だかを晴らさないと、私達はジ・エンドを免れないんですよ? なにせ、水も食糧もありません。おぉ、勇者よ。死んでしまうとは情けない」

「初姫さんは、会話中に必ず一回はふざけないと、死ぬ病なんですかッ?」

「まさか。そんなことはありませんよ。私はいつでも本気に元気ですし、道中に行き倒れる勇者は情けないと、心の底から考えています」

「そ、それは、また手厳しいですね」


 馬鹿な会話をしながらも、僕は走り続けた。部屋を何周かするとゾンビと再度距離が開く。頑なに下りないまま、初姫はトントンと僕の肩を叩いた。と思ったら、僕の髪をぐいっと掴み、横を向かせてくる。悪魔か、この子。繭さんにもやられたことないのに。


「小田桐さんこっち、こっちですよ。そして、レッツ、私を肩車、ヘイッ!」

「肩車って、なんですか、急に。この状況で」

「そうでもしないと、設計ミスらしき棚の奥の方まで、手が届かないっぽいんですよ」


言い合いをしても仕方がない。僕は大人しく彼女を肩車した。初姫は剥きだしの太腿を僕の首に回す。圧迫感に、死の恐怖を覚えそうだ。僕がぐらりと前へ傾くと、彼女は上手く備え付けの棚にしがみついた。僕の首に負担をかけたまま、猛然と棚を漁りだす。


「あっ、太腿の感触はサービスですので」

「いりませんよ。そんなもの」

「あら、そうですか? 有哉君は結構喜んでくれるのですが、残念です。それでは、この借りはいずれ、ファミレスででもお返ししますね。期待してください。クーポン、集めていますので」

「借りと認識してくださるだけ、ありがたい気もしますが、返ってくる金額が、物凄く安い予感がします」

「なんでですか。ドリンクバー、便利じゃないですか?」


 メニューが限定されていた。初姫は棚を漁り続ける。しかし、いったいなぜ、彼女は急に棚を漁る気になったのだろうか。僕の疑問を察したのか、初姫はくぐもった声で応えた。


「この部屋はなくした玩具の持ち主である、子供が再現したものでしょう。ネット上の噂では、父親は子供を虐げていたと聞いています。子供が部屋の中に父親を作りだしていない事実も、それを裏付けているように思えますね。ですが、彼女は父親だけでなく、玩具の兵士も再現していません。こちらは、替わりとなる物を、せっせと集めている……おかしな話ですよね? 私なら百人くらい、有哉君を作り出しますよ」

「それは果たして、愛がある行為なんですか、どうなんですか?」

「何を言いますか。有哉君の軍勢とか、とてもいいじゃないですか……再現をせず替りの物を集めている時点で、その子は死の直前、大事な玩具を取りあげられてしまったことで、オリジナルを失った意識が強すぎて、同じ物を作りだせないんだと推測しますね」


そして、取りあげられたものは、いったい、どこにあるんでしょうか?


 初姫の言葉に僕は眉を顰めた。その子は大事な玩具を取りあげられてしまったという。

誰かにとっての宝物を、他の誰かが大切にしてくれるとは限らない。玩具は与えたものの気紛れで取り上げられ、捨てられた可能性が高いだろう。僕は歯を強く噛み締める。

 それこそ、彼女自身が、一緒に、殺されてしまったように。


「悲しい話ですが………もう、その玩具は、捨てられてしまったのかもしれませんよ?」

「いいえ、それはないと思います。性悪な人間というものは、後から弱みにするために、相手の大事な物は、捨てずに隠しておくんですよ。弱みは握るに限ります。潰してしまっては、意味がないのです、ぐへへ」

「ひっ、非常に怖いご意見ですね」

「と、幼少期に、姉が」

「あなたのお姉さんは、本当に何者だったんですか?」

「姉はそう理解しつつ弱点は気分よく一撃粉砕派だったので、性悪ではありませんよ?」


 そう語りながら、初姫は顔を棚の内側に突っ込んだ。僕は足を震わせつつ、いざという時は逃げられるようゾンビとの距離を伺う。同時に、ちらりと、初姫が漁る棚にも視線を走らせた。確かに、これには子供の手は届かない。取り上げた玩具を隠すにはうってつけの場所だ。だが、それでは、子供は棚の中の玩具の存在を知らないまま、死んだことになる。かつて、棚の中に、本当に玩具が隠されていたとしても、この部屋では再現されていない可能性が高いのではないだろうか。望み薄な気がするが、子供には見えない、認識されていない部分の再現には、実際にあった物が勝手に反映されていることを祈るしかない。


「どんどこ落とすよ、ハム太郎ー」

「なんの歌ですか?」


上から新品に近い鍋や、小麦粉の袋が降ってくる。だが、目当ての物は見つからないらしい。僕は溜息を吐いた。やはり、上手くはいかないだろう。そもそも、ゾンビが玩具の代わりだというのも突拍子もない推測にすぎないのだ。わかっていたことだが、どうしようもないらしい。無力な僕達は、繭墨の助けを待つしかないのだ。


 そうそう、都合のいい展開など、ありえるわけがない。



「―――――あっ、あった」

 いや、そうでもなかった。

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