6・Side A

「なにかの替わり、ですか?」

「あぁ、そうさ。小田桐君には難しいなぞなぞだろうけれどね」


 君にならば、比較的簡単に解けることだろうさ。


 繭墨さんは、そう言った。うーん、嫌な方向に、買い被られている予感がしますね。ついでに、俺の本性を見抜いた上での、この笑顔であるともお見受けしますので、解いた日には、トラウマにダイレクトアタックがくる予感。だが、背後からはゾンビが迫りつつあるので、胃を抱えて悩む暇もありません。人生は過酷なうえに、波乱万丈だ。


「ところで繭墨さん。この逃亡方法はいささか俺にとって理不尽では?」

「そこのところは気にせず、きりきり走りたまえ」

「ウィッ」


 現在、俺は繭墨さんを背負い、走っていた。頼りきりな立場で大変失礼なことを申しあげるが『想定の範囲内』と言ったのに、その選択が逃亡とはこれいかに。ちなみに姫抱きをご希望でしたが、男子高校生その一には無理でしたのでお断りしました。現代っ子が女子を背負って、スピードを維持できている時点でもっと褒めてくれていいと思うの。惜しみない賛辞をくださって結構よ。でも、誰も拍手をしてくれないので、自分で自分に喝采しておく。やぁやぁ、ありがとう。有哉一、有哉二、有哉三。むなしいねぇ。


「自分で自分を賛美するとか、多重人格かい?」

「心を読まないでもらえますー? プライバシーの侵害すぎて、嫌になっちゃうわ。お姉ちゃんのえっち!」

「ボクは君よりも年下だねぇ」


 それにしても、背中に繭墨さんを背負っている状況には怖いものがある。『桜の森の満開の下』だっけ? いきなり、冷たい手で喉を絞められたとしても、俺は驚かないね。不吉な想像で、現実逃避は締めくくるとしよう。俺は改めてなぞなぞに向き直ってみる。地獄の周回コースは、持久走とは違って、足を攣ったらデッドエンドになりそうだしね。


「えーっと、ここは、誰かの脳内、でしたっけ?」

「正しくは、人の精神を反映した空間、だね。だが、もうその人物に体はないだろうさ。今では、この空間そのものが、その人物の脳であり、そのものであると言っても、過言ではないよ。執念の塊が魂の形を保っているのか、魂が執念そのものと化しているのかは、知らないがね?」

「両方とも、等しく汚物っぽいですよねぇ」

「君と小田桐君は、会えば確実に喧嘩になるたぐいの人種だね」

「うーん、俺もそんな気がしてます。邂逅しないことを祈っときますわ」


 伝え聞く、小田桐氏の倫理観的に、『コイツには拳でいい』的な存在に該当しちゃう気がするんですにゃー。どんなに取り繕ってもクズはクズだしねー。あっ、俺のことですよ? でも、こうして女の子を背負って逃げる程度には、俺は善良な人間でもあります。女の子っていうよりも、脱出に必要な人材を運んでるだけじゃねーの? って指摘されたら、否定はできないけどさ。結果が同じなら偽善も善だって、ばっちゃんが言ってた。


 で、なんでしたっけ? そうそう、繭墨さんは、今、サラリとヒントをだした気がする。この場所を作りあげている人物に、もう体はないらしい。つまり、選択肢は二つだ。

 

 この部屋で、遠い昔、壮絶に死んだ人間は二人いる。

 

 この部屋の住人の男は娘を道連れに焼死した。嫌な話よねー。想像するだけで、嫌悪感で全身がハリネズミになりそう。体内から針が飛び出す感覚ですね。致命傷ですがな。


 で、怖気を堪えつつも、最初に連想したのは、クローゼットの中の子供だった。


 ほら狭くて暗い所に閉じこめるって、ろくでなしの親の常套手段だし。いや普段はいい親だったかわからんけど。ネットに残っていた新聞記事を見る限り、それもなさそうだし。悲鳴が日常茶飯事だったとか。または炎から逃げようとして、子供が中に入ったとかもありそうだな。懐かしいー。俺も妹を抱えて色々なところに逃げたものですよー。まぁ、大抵無駄な努力に終わったから、そのうち諦めたけどさ。学習性無気力である。


「えーっと、もしかして、娘を殺した父親が、一人を道連れにしただけでは満足せず、新たな犠牲者を求めて、人の死体を、娘と同様にクローゼット、に?」


 そこで、俺はぴたりと言葉を止めた。ぐるりと、後ろを振り向く。

 なんと、そこには、ゾンビの集団がッ! いえ、当然ですよね。呑気に会話を続けていると忘れがちですが、後ろの存在は消せませんよ。彼らは両手を前に突き出し、ふらふら歩いてくる。その姿に、意識があるようには見えないし、ホラー映画のごとく、食欲に突き動かされているわけでもなさそうだ。ましてや、人間に対する憎悪も一切感じない。


 言い方は悪いが、アレよね。、としてるわよね。のだ。死体ではあるけど、これが元人間で、生きていたっていう事実は重要じゃないっていうか。


 それってちょっとおかしくないだろうか? 父親が更なる犠牲者を求め、新たな死体をクローゼットに詰めこんでいるのなら、被害者はもっと大変なことになっているはずだ。それこそ永遠の苦しみの中にーとか、そんな状態になる予感。それ以上にアレですよ。共に死んだ娘の姿が、この部屋にはどこにも見当たらないんですよ。他の誰かに執着するくらいなら、まず、そっちを再現するもんじゃねぇの? ちょい父親説は不自然。


 俺は改めて死体を眺めた。これは、なんというか、実に、生き物っぽくないというか。なんか前進するだけというか。こういう動きをする物に、俺は覚えがあるっていうか。


 脳内で、カチカチとパズルがハマります。これはいったいなんでしょうか? お子様部屋のないワンルームでは、も、クローゼットの中に仕舞ったりするものですね。


 つまりはさ。この死体達はいったい、

 あぁ、なるほど、簡単ななぞなぞでした。胃から刃物とか出そうです。


「繭墨さん、ゲロぶちまけていっすかー?」

「速度を落とさないのならば、許可するよ」

「あざーっす。でも、こんくらいじゃ出なかったっす、てへぺろ」


 片目を瞑って、ふざけないとやってられないね。自分の弱いようで強いメンタルに感謝すればいいのか、ブチ切れればいいのか、悩みどころだわ。後ろからは、ゾンビがふらふらついてくる。その特徴を、俺は知っていた。スイッチが入ると、両手を突き出し、前へ歩くのは、。人を道連れに死ぬようなクソ野郎でも、気紛れに、子供にオモチャを投げ与えたりもする。そんでもって、それが意外と大事な宝物になっちゃったりするんだよなー。前にふらふら歩く様子が、凄く面白く思えたりもするしさ。クローゼットを開いた途端起動したゾンビ達は、拙い動きで前へ前へと歩き続けている。


 進め進め、前進だ。

 つまり、これはさ。



「子供のオモチャの替わりですね」



 玩具の兵士は前進する。止まらず、元気に歩き続ける。

 うーん、ちょっと代わりにするには不格好だけどねー。

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