4・Side A

 まずは部屋を調べることが肝心です。繭墨さんの特殊スキルで、探索にはプラス一の成果が得られます。結果、残念なお知らせです。なんと、部屋から外へは出られなーいッ!


「うーん、お約束ですが、実に嫌な感じ。これアレですよ、脱出ゲームの」

「攻略方法を間違えると、詰むタイプだね」


 やっだ、繭墨さん、ゲームとかすることあるの? 嫌だわー、超怖いわー。

 正確には部屋から出られないわけではない。


 空間、ねじ曲がりすぎである。入り口と出口が繋げられています。クラインの壺ご存知ですか? ちょうどあんな感じ。自分がその中に放りこまれて、不思議具合を実感する日が来るとは思わなかったわ。ハイッ、ここで一度、部屋の構造を再確認。

ワンルームの部屋は、家具が置かれた居間と、冷蔵庫と洗濯機が置かれた水回り部分にわかれています。トイレとバスルームの扉も開きました。ただし、本来廊下に繋がっているはずの扉は部屋の入口に繋がっています。わけがわからない異空間っぷりである。ちなみに、蛇口から水は出ませんでした。人間、水がないと数日で死にますね。ありやん、思わず真顔である。狭い部屋の探索は大分進めたが、流し台の上部に備えつけられた棚は、設計ミスか、なにかに乗らないと奥まで調べられなかった。だが、椅子は炭化済み。俺が大人の体格なら奥まで探れたかもしれないので、ステータス不足が悔やまれますね。だが、どうせ中を調べられたところで、状況を覆すステキアイテムが見つかるとは思えない。


 以上、新展開は特にありませんでした。ですが、わかったこともありますよ。


「この部屋って、なんか焦げ具合や、辺りからびしびし感じるヤバい怨念っぷりからして、マンションの火元になった部屋っぽいですよね?」

「半分正解で、半分不正解だね。ここは、マンションの火元になった部屋なわけじゃない。。元々繋がりやすかった空間で、人が壮絶に死んだ結果、異界という、この世ではない彼岸と繋がったのさ。

「えーっ、そんなことがよくあるんですか。ナニソレ怖い。ありやの知らない世界」

「よく、はないがね。たまに、あるんだよ。異界は、取りこまれた人物の思考を反映する。この場所はね、部屋の再現だが、同時に再現じゃない。


 特にここは本人の意識がどうなっているのか、空間と時間が、両方歪んでいるね。


 繭墨さんはそう語りましたよ。うーん、なんとも理解を拒みたくなる話。両耳を塞いで、あーあー聞こえないしたくなるね。だが、拒んだところで仕方がない。さっさと現実を受け入れましょう。どんなところでも、平穏を保つには柔軟性をフル活用するしかない。今までも、俺はそうやって生きてきたわけだしね。我ながら嫌な人生だね。


「よーくわかりませんが、つまり、ここは見るもおぞましい精神世界系だと?」

「この程度なら、慎ましいものだがね。理解が早くて助かるよ。君はどうやら、疑問にはこだわらない性質のようだ。現状をそのままに受け入れ、脱出法だけを探るタイプは、珍しいよ。適応力が高いとも言えるし、丸投げとも言えるね?」

「まぁ、そうですね。出たいと思っても出られないので、そのうち俺は考えるのを止めた……下手な考え休むにいたりって言いますし、後はお任せしますよ」

「なかなかに鬱陶しい物言いだがね。その選択自体は、間違いではないよ。ただ、こちらの要求する、助手の務めだけは、しっかりと果たしてもらわなければ困るね」

「ご指示があるのでしたら、その通りに、マイマスター」

「結構。話が早くて助かるよ。だが、面白みには欠けるね」


 ご期待に添えず残念です。ってか、この人の面白いと思う人って、どんなんだろう? 猫がハムスターをいたぶる図か、大型犬の尻尾を叩きまくってる図が頭に浮かびました。うーん、心が乾いてきたので、ちょっと潤いを求めましょう。愛しの妹達は、今頃、何をしてるのかな? 有栖も有亜も天使の寝顔で、おねんねかな? 有汰兄? ハハッ、知らない人ですね。よし、エネルギーチャージ完了。


「よーし、みなさーん、元気ですかー。おおおおおおっ……はい、知らないみなさんから返事もありましたし、がんばりましょう」

「アリーナ席からあがった感じの声だねぇ」

「あら、繭墨さん、意外と俗な光景がおわかりになられる」

「多目的に使われるホールに行ったことはないけれどもね。想像はつくよ」

「ハッハー、繭墨さんがちょっと身近になったような、遠ざかったような微妙な線ですね。まあ、バカなこと言ってないで……それでは、と」


 俺はぐるりと辺りを見回した。再び現実と向き合うことにする。黒焦げの部屋に、変化はない。風が吹く度、焦げたカーテンは、あと一吹きで崩壊する状態ではためいている。この部屋は、時も止まっていますね。


生きている俺達のほうが、異物なんだろうなー。嫌な話だわ。

 

 俺は深々と溜息を吐いた。顔をあげると、繭墨さんと目が合う。うーん、つくづく人間じゃない美貌。美しい怪物と、視線を交わした気分ですね。背筋がぞくぞくしますよ。


「清々しいほどに、嫌そうな表情だね? いったいなにを考えているのかな、君は?」

「いやー、美しいものには魔が宿るっていうのは、本当だなーって思いまして」

「それは褒め言葉、として受け取っておいた方が、君にとってはいいんだろうね?」

「すみません。真意は思う存分伝わってそうですが、そういうことでお願いします」

「別に構わないさ。ボクほど不吉な生き物も、そうはいないだろうからね。忌み嫌われたところで、今更気分を害することはないよ」

「あらやだ、寛大。ありやん、ご慈悲に大感激」

「ボクの指示通りに動いてくれれば、何の不満もないさ。それじゃ第一の指示を出すよ」

「あらほらさっさー。イエスマイロード」

 

 ―――――――――――――パンッ!


 音を立てて、繭墨さんは紅い唐傘を畳んだ。その先端で、彼女は扉を指し示す。ちなみに、廊下に繋がる扉ではなく、クローゼットの方です。そう言えば、ソファーが邪魔な位置に置いてあったので、そこはまだ開けていませんでしたね。扉は、ぴたりと合わさっています。これだけ焦げて、歪むことすらしていないって、どんな不思議家具だよ。


「どうしたんだい、有哉君。早くしたまえ」

「合点承知の助!」


 嫌な予感に襲われますが、ご主人様の指示なら仕方がないですね、ワンワン。俺はクローゼットの扉に手を伸ばした。まずはちょっとだけ開くことにして、慎重に。


――――――――ガラリッ、と。

 …………………………はてさて。


「繭墨さん、繭墨さん」

「なにかな、有哉君?」


 俺は一歩、後ろに下がった。もう一歩、更に一歩。その間にも、クローゼットの扉は徐々に開いていく。だが、俺は両手をサムズアップしているので、扉には触れていない。それなのに、。典型的なホラーの光景だ。そして、ソレが現れる。焦げた床をひたりと叩いた足は、心底肌色が悪かった。


「どうやら、ジャンルが変わったみたいですよ?」


 精神系ホラーから、ゾンビ物への転換は、流石に急すぎると思うの。

「……………………………なるほど、行方不明になった人間の末路、か」


 繭墨さんは、特に焦った様子もなく囁いた。行方不明になった人間が多数いるという、オカ板の情報が本当だったとは、当方聞いておりません。こんな危険な状況に直面するとは誰のせい、って思ったら、初姫ちゃんのせいでした。あの子、今、無事なのかしら。


 俺は繭墨さんの後ろに逃げこんだ。当方、妹は全力で守りますし、初姫ちゃんも守らなくはないですし、女の子は保護対象と認識する程度の甲斐性はありますが、人外の方はその範疇外なので、繭墨さんには全力で頼ります。俺の行動を眺め、彼女は頷いた。


「やっぱり、小田桐君は、それなりに異常だね。これこそが正常な反応というものだよ」

「全力で頼らせてもらって申し訳ないですが、一般の男子高校生は下手したら死ぬ局面なので。あと、さっきからぽつぽつ名前がでてますが、何ですか。その小田桐サン?」

「いえね、まぁ、ボクが死ねば自分も死ぬと言う理由があるとはいえ、小田桐君はこういう状況に直面した場合、とりあえずは、ボクのことを守ろうとするからね」

「それは脳内の回路とか、人間としての危険性とか、本能のたぐいが死んでる予感がしますね。お悔み申しあげます。自分にどうにかできないことは、適役に任せましょうよ」

「彼は昔から、狐にひょいひょい近づくような人間だからね。危険を察する能力が元から低いんだろうさ………さて、面倒なのが出て来たようだよ」


 クローゼットの内側から、ゆらゆら左右に揺れながら、多数の影が出てきましたよ。うーん、時間も捻じれている影響か、それほど腐ってはいないがいい感じに乾いた人間の死体ですね。虚ろな眼孔と、ゴム管みたいに飛び出した血管がとってもチャーミング。変色した肌に張り付いた服は、どれも似たような有様だ。体毛も随分と抜けてます。


 嫌だねー、それなりに、死体は見慣れているが、平気なわけではありませんよ。

 トラウマにナイフを突き立てられて抉られる気分になるの。俺の平穏を返して。


 一部筋肉が断裂しているのか、骨の接ぎが壊れているのか、死体はカクカクとしたおかしな動きで近寄ってくる。それに繭墨さんは、薄い笑みを向けた。死体に笑う人間は知っているが、この種の冷たさの笑みは、存じあげません。いやだわ、こんなの初めて。そう震えながらも、俺は繭墨さんに恐る恐る声をかけた。


「あのー繭墨さん、どうしましょうね。こんなもんが現れるとは思わなかったんですが」

「なにを言うんだい? 現世ではない状況下での想像力が貧困だね、有坂有哉君?」


 そんなこと言われても、こちとら、唯物論者ですし。

彼女の肩の上で、紅い唐傘がくるりと回る。そう言えば、無彩色の空間内で、それだけが唯一色鮮やかだった。血か炎を連想させるので、明るい印象は、全くありませんが。


 そして、なみいるゾンビを前に、繭墨あざかさんは堂々と応えた。


「――――――――――――別に、想定の範囲内だよ」

 なるほど、頼もしい。ありやん、抱かれてもいいわ。


 さて、小田桐さんとやらと初姫ちゃんは、いったいどうしているのだろうか。二人が一緒にいるとは限らないけれども、俺達と同じような状況下にいる可能性は高いだろう。でも、小田桐さんはこの繭墨さんの相方らしいし、初姫ちゃんは、安定の初姫ちゃんだし。


 二人とも、このおかしな状況の中で。

 きっと、動じてもいないんだろうな。

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