第2話転生しても能無し
ボクが自分というアイデンティティを失ったのは、自信の欠如によるもの。そう結論付けすることにした。
再び目覚めた時、ボクはベンチに座っていた。太陽がさんさんと輝く中、全身がじっとりと汗ばんでいる。
体を洗いたい欲求を感じながら、立ち上がる。ドサッと言う音聞こえ、足元に目をやると黒のカバンが落ちていた。
再びベンチに腰を下ろし、中身を物色する。筆箱と学校のパンフレットしか入っていない。
「如月輝(きさらぎてる)、か?」
筆箱に書かれた漢字を反芻する。自分の名前か自信がない。記憶喪失である現実を実感し、気分が重くなった。
パンフレットを見ると、可愛いイラストが目に飛び込んでくる。
「羽ばたけ世界、能力開花で未来をつかもう!」
夢のあるキャッチコピー。鳥の羽が生えた人間が、大空を舞う絵だった。下には部活動の名前が並んでいる。オリエンテーションの日付に赤い丸が入れられていた。
「獣人……」
ハーピーを架空の生き物と認識しながらも、それが『存在』することを知っている。汗が一筋、首筋を伝った。閑静な公園のベンチ。虫の鳴き声が夢でないことを証明している。
「あ、こんな所にいた!」
心に暗雲が立ちこめ始めた時、唐突に声が響いた。思わず顔を上げると、公園の入り口に女性が立っていた。
エプロン姿で仁王立ち。割烹料理屋の女主人を思わせる。女性は腰に両手を当て、盛大にため息をはいた。
「学校から電話が有って、大騒ぎになってたんだから。そういう『異能』の持ち主なのかって」
肝っ玉母さんはさもおかしそうに笑う。学校を抜け出す能力って何だろう。その問いに対する答えは、電話中の母が語った。
「ーーーええ、そうなんですよ。も~基本的にじっとしていられない子で!ええ、もう本当にご迷惑をおかけしまして。……え?いえいえいえ、隠れるとか透明になるとか、そういうことじゃありませんから、はい。椅子に座ってるのが飽きたんじゃないですか?ええ、すみません、しっかり言い聞かせておきますので。はい、はい、それでは、はい、すみません」
自分はなかなかの問題児だったようだ。ペコペコと見えない相手に謝り倒す女性改め母。電話を切ると安堵のため息をついた。そして母性に満ちた表情でボクの肩を叩いた。
「気を落とすんじゃないよ。母ちゃんもそういう時期あった。『無能』の時期がさ」
切ないカミングアウトだった。ここの世界観としては、能力者とそうでない者の識別なのだろうけど。つまり現時点では何の能力も持ち合わせていない、と。
「さ、家に帰ってご飯食べて風呂入って寝な。なるようになるんだよ」
うつむいているボクを落ち込んでいるととらえたようで、背中をポンポン叩いて、励ましてくれた。カバンを持ち母親の後について帰路につく。
世界全てが新鮮に見える。手でひさしを作って空を見上げた。
「記憶喪失というより、異世界転生。これって十分『異能』じゃない?」
空に向かって呟いた。当然答えは帰ってこない。脳裏でフードの男がクツクツと笑っていた。その姿を想像して、自然と頬が緩む。
置いてくよ!母親の声で我に帰り、慌ててその背を追った。
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