記憶の旅
@koukishinshin
第1話目覚め
ここはどこだろう。薄暗くて、じめじめしていて。夢なのか現実なのかさえはっきりしない。
「やあ、お目覚めかい」
男の声だ。低く良く通る声だった。闇に紛(まぎ)れるかのように全身真っ黒の人物がそこにいた。フードを深く被り、その表情は見えない。死神か水先案内人か。意識が覚醒してないからか、不思議と恐怖は感じなかった。
「……ここは、どこ?」
疑問が口を突いて出た。口がカラカラで、空咳をする。見ると黒ずくめの男は小刻みに揺れていた。どうも笑われているらしい。
「……失礼。ここに来ると示し合わしたように皆そう尋ねる。そしてその問いに対する答えを、私は持ち合わせていない」
先を促すようにボクは黙って待っていた。男と向かい合い、沈黙の時が流れる。
しびれを切らしたように、ふっと男が鼻を鳴らす。ゆっくりと踵(きびす)を返した。
「ここがどこか?その問いに意味はない。少なくとも『今は』」
こちらに背を向け男は去っていく。ボクは遠ざかる背中をただ見送る。何も分からない中、不思議なほどに穏やかな気持ちだった。
ボクは自分が何者かさえ忘れている。一番に知るべき事柄を知らない。ここがどこか、それは些細な問題だった。
フードの男はもうほとんど見えない。そのことが自分を少し安心させる。ボクは赤の他人と時を共有するのがあまり好きじゃない。
思考が覚醒するにつれて、視界が閉じてきた。ああ、やはり夢だ。早く目覚めて行きたい。潜在的な本能がそう訴えている。
「また会おう」
男の声が鮮明に聞こえると同時に、再びボクは意識を失った。
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