第3話

 メニューには、喫茶の軽食の様な物から一般庶民生活の俺では、聞いた事が無い様な物まで取り揃えられている程に豊富だ。

 格好を付けても仕様がないし待たせるのも性分じゃ無いので、メニューの中で今一番食べたい物と飲みたい物を注文する事にして閉じる。


 小泉さんが彼女の席に近づき腰を折ると、彼女はテンダーロインステーキと聞いた事が無い銘柄の赤ワインを注文していた。

 注文が終わると小泉さんが此方に視線を寄越したので、頭の中で纏めていた注文を伝える事にする。


「サーロインステーキを塩と胡椒のみでお願いします。付け合わせは、マッシュポテトのみで、ドリンクは一番安い赤ワインを加糖されたソーダで割った物をビールグラスに並々と注いで下さい。」

「かしこまりました。直ぐにお持ちいたします。」


 一瞬も悩まず即答する小泉さんに社会人として尊敬の念を覚えながら、綺麗姿勢と歩き姿で去って行く彼を見送る。

 彼の姿が衝立の向こうに消えるタイミングで、メニューを机に置きレベッカさんに姿勢を正して向き合い、自己紹介を行う。


「改めまして、本日よりお世話に成ります。倉内憲治と言います。よろしくお願いします。」

「こちらこそ、よろしくお願いするわ。私の事は気軽にレベッカと呼んでちょうだい。」


 俺が挨拶と共に軽く会釈すると、レベッカさんはドレスグローブを着けた手をひらひと仰ぎつつ気軽に接する様に求めてきた。


「組合の詳しい説明は、必要かしら?」

「いえ。大体の所は、小泉さんから伺っています。」


「話が早くて良いわね。当ホテルは、貴方が当組合の会員である限り、その職責を果たすサポートをさせて頂くわ。詳しい内容は、コンシェルジュの小泉に聞いて。」


 そう言うと彼女は、いつの間にかこの卓に戻った小泉さんを手で示した。


「倉内様の専属コンシェルジュを務めさせて頂きます。いつでもお申し付けください。」

「小泉さん、これから大変お世話に成ります。」


 俺と小泉さんが挨拶を終えたタイミングで、二人の従業員が卓へ飲み物を運んで来た。

 ボトルで運ばれた赤ワインは、レベッカさんがラベルの確認とテイスティングを淀み無く行う。

 俺の下へは、大きめのビアグラスに並々と紅く発砲する液体が注がれたグラスが置かれた。


「それでは、新人コントラクターの誕生に乾杯」

「乾杯」


 彼女の音頭で乾杯したグラスを口に近付けると、液面の気泡が弾ける度に香しい匂いが顔に当たる。

 中身の赤い液体を口に含むと、ぶどうの風味と人口甘味料の甘さが喉を潤した。

 

 暫らく飲み物を静かに楽しんでいると、肉の焼ける良い香りと共に頼んでいた料理が席に運ばれて来た。

 目の前に置かれた皿には、綺麗な焦げ目が付いたステーキとマッシュポテトが盛り付けられており、視覚にも嗅覚にも強い訴えかけをしてくる。

 机の上には、バッケトとバターの入った籠も置かれた。


「いただきます。」


 一言つぶやいた後、目の前の肉を一心不乱に切り分け口に運ぶと溢れ出る肉汁からシンプルな肉と脂の旨味に岩塩の塩味、コショウの香りが口の中に広がる。


暖かな切り分けられたバケットに手を伸ばしてもっちりとした生地にバターを塗り、口に入れると小麦の香りとバターの塩味が豊かに感じられる。


 付け合わせのマッシュポテトも素朴で口の中の旨味と塩味が合わさり、次々と食べ進めてしまう。


 シンプルながら両手の動きを促して止まない味に任せて食事していると、対面からの視線に気づく。

 目の前の美女から視線を見事に奪って行った皿からようやく目を離すと、レベッカが優し気な笑みを浮かべ食事の手を止めて此方を見ていた。

 いい歳して、肉にがっつく姿をしっかりと観られて居たようだ。


「失礼、あまりにも美味しくて。」

「良いのよ。気に入ってくれた様で、嬉しいわ。このラウンジは、何時でも利用して頂戴。コントラクターには、何時でも扉を開けているの。」


「料理も飲み物も雰囲気もどれもとても気に入りました。何度でも利用したいですね。」

「そう言って頂けて嬉しいわ。」


 彼女は、そう言うと自分の料理に手を付けだしたので、此方も食事を進める事にした。

 お互いの皿が綺麗に片付いたタイミングで、ウエイターが皿とグラスを下げ、席を後にする。

 彼女が小泉さんに水を頼んでいるので、自分も氷なしで水を頼み食後の一休みとした。


「この後の事なんだけれど、お部屋で休んで貰う前に小泉とホテルを回って、今利用出来るサービスについて確認して欲しいの。」

「分かりました。小泉さん、頼んでも良いですか?」

「かしこまりました。」


 食後の一休みを終えて彼女に退席の挨拶をした後、此処に来た時の様に小泉さんの後を着いて行くと、入って来た扉と別の扉へと案内される。

 どうやら、此方の扉が正規の物の様で凝った作りの装飾が施された両開きの扉が存在している。

 その両脇には二人の厳ついガードマンが控えていおり、小泉さんが扉に近づくと軽く会釈し、扉を開けてくれた。

 

 扉の先に広がる通路は、扉の装飾が見劣らない内装をしており、毛足の長くふかふかとした絨毯や暖色の凝った照明、高い天井が来た時と何もかも違う。

 どうやら、同じフロアに先程のクラブの様な娯楽用の施設が他に幾つか有る様で、趣の異なる扉の前を何度か通った。


 廊下を進むと、アンティーク風の装飾が施されたエレベーターが2基存在している空間に辿り着いた。

 丁度、一基がこの階で止まっていたので、特に待つ事無く乗り込む事むと、小泉さんは目標の階を指定し、エレベーターが動き出す。

 どうやら、行き先も地下の様で、下降するエレベーターに長く乗る事は無かった。

 

 直ぐに開いた扉の先には、閉まる前に見た内装と違い公共施設の様な無機質さを感じさせる廊下が続いている。

 小泉さんの先導で、廊下を進むと木製扉にと表札の掛かった部屋の前へと到着した。


「此方が召喚室に成ります。どうぞ、お入り下さい。」

「召喚室ですか?」


「はい。コントラクターにとって重要な施設になります。今後も幾度となく利用する事に成る筈です。どうぞ、お入り下さい。」


 頭に疑問符を浮かべる俺へ小泉さんは、確信めいたものを感じさせる口調で告げて来た。

 丸いドアノブに手を掛けた小泉さんがその扉を開くと、白の蛍光灯とタイルで覆われている多角形の様な室内に性で、黒い柱が鎮座してた。





 






 

 

 

 

 



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