悲報 彼氏に元魔法少女だとバレそうです

チクチクネズミ

私は元魔法少女です

 彼氏が初めて来るまでの三十分前までに魔法で戻してほしいと今ほど願ったことはなかった。

 鏡には、ピンクのフリフリのかわいらしいスカートと胸もとに大きなハートの宝石がはめられた服を着た私が映っていた。彼氏がコスプレが好きだから気合を入れてきたわけではない。私は元魔法少女なのだ。


 初めて彼氏を私の部屋にあげるために大掃除をしていたら、一人暮らしを始めてからからそのままだった段ボールを三年ぶりに開封して、奥底に落ち込んでいたミラーケースを開けた時それが変身アイテムであったことを思い出した時には変身してしまっていた。


 小学五年から高校卒業までの約八年間もの間、ご近所さんから世界平和に至るまで魔物退治の最前線を戦い続けてきた。魔法少女あかりはいろんな人たちに感謝され、後輩の魔法少女たちからも尊敬されていた。

 けど引退したかった。だって十八の大学生で彼氏も作ろうとしたいのに、十八でまだ魔法少女はキツイじゃない。大学デビューのために百六十後半もある女性にしては高い背丈を生かして、コンディショナー選びからドライヤーのかけ方まで調べてコツコツと伸ばし続けたロングヘアーにファッション誌を読み漁りコーデを決めてついに完璧な大人びた大学女子として完成し、その努力の甲斐あってなんと一目ぼれで彼氏もゲットしたというのに。今目の前に写っている魔法少女の服がまったくちぐはぐで合っていない。


 せっかく大学のサークルでは素敵でクールなお姉さんキャラと通しているのに、これで魔法少女バレしたら「え? 今も魔法少女続けているの」ってドン引きされるわ。


「どうやって変身解除するんだっけ!? テクマクヤマ? ピピリカピリリララ?」


 引退して三年も月日が経つと変身解除の魔法なんてすっかり忘れてしまっていた。  

 後二十分。掃除も完了しているのに最後の最後で服が脱げないなんて最悪! 一抹の希望にすがる思いで、変身解除の呪文を書いたメモを残していないかダンボールの底を探る。

 奥底をまさぐるともふもふとした感触がした。引き上げるとぶるぶると子犬のようなぬいぐるみが出てきた。


「わぁ! 久しぶりあかり。ちょっとやばい敵が現れて手伝ってほしいんだ……待って待って僕こんな狭いところに入れられると窒息しちゃうよ」

「お願いちょっと黙ってて、私の初恋と大学生活がかかっているの」


 なんでうちのマスコットプリちゃんまで! もう、次から次とまずいものしか出てこないの!


「いや引退している身なのはわかっているけど本当に手こずっていて、後輩たちも難儀しているんだ」

「私だって今のこの状況で難儀しているの!」


 時計を見れば後十分! 彼が来ちゃう!


「プリ私の詠唱魔法覚えている? 今自分の魔法で自分を終わらせてしまうほどの終わりそうな大ピンチなの!」

「わけがわかんないよ。今の服でも十分かわいいのに」

「今はクールな大人の女性として変身しているの、今さらピンクピンクのフリフリはキツイだけなの。ねえお願い助けて」

「みんなのまとめ役だったあかりが見る影もない。でもグッズはあかりが自分で管理していたから僕が知るわけないよ。それに今の魔法少女のグッズは一々詠唱しなくても変身と解除ができるから、詠唱も必要ないし」


 そーなの! 私が現役のころはメモも残さないように必死に毎朝復唱して暗記していたのに。その苦労がたった十年で解消なんて理不尽だ。

 と言いながら時計の針が止まってくれるわけもなく、彼がマンションに近づいてくる。


「プリ、時を止める魔法とか今の状況を何とかする魔法とかない!?」

「そんなものないよ。それに君の魔法は」


 ピンポーン

 終わった。私の人生いろいろと終った。今まで築き上げてきたものが身バレ・コスプレ女・痛い女子の沼においでおいでと手招きしている。


「あかり俺だよ俺。開けてくれ」

「彼氏さんだよね」

「わかってる。何とかしてこの場を切り抜けないと」


 落ち着け私、鉄扉一枚隔てた仕切りが最終防衛ラインだけど主導権はまだ私にある。まずプリをどこかに隠す、これタンスでもクローゼットでもいい。問題は服、これをどうにか隠さないと全てが終わる。


 プリをクローゼットに投げ込み「大人しくしててね」と震えるプリに優しく諭した時、あるものが目につき、それに手を伸ばした。

 そして鉄扉を開放し、彼を中に上げた。


「あかり? どうしたの部屋の中なのにコートになんか着て暑くない?」

「あははちょっと寒くてね」


 クローゼットの奥に引っ越してから一回も使わなかったロングコートを引っ張り出した。これがちょうどよくスカートの部分まで隠しきれたのだ。ただ部屋の中で暑苦しいコートは拷問のようだが、贅沢はいえない。

 初めての彼氏をこの姿を見られて破談なんて夢見る魔法少女が台無しよ。


「あかりの部屋はこんなんなんだね」


 う~んなんだかそっけない感想。そりゃあ今朝から慌てて掃除してきれいにしたから装飾とかしなかったけど、もっと褒めるところはないのと言いたい。

 部屋を一通り見終わると再び私の方に向き直る。


「ねえやっぱりそのコート暑いよね。脱いだ方が」

「いやいいって、私はこれで快適だから」

「いや暑いでしょ」


 お節介を焼きたいのだがあいにく余計なおせっかいです。部屋の中をぐるぐると回って彼が「脱いで脱いで」と手を伸ばして、それを逃げようとする私。という立ち回りとしているとさっき彼が立っていたところに立つとひんやりとした感触が沸き立った。


「いいから遠慮せずに」と彼がコートに手をかけようとした瞬間「どっせーい!!」と一本背負いして床にたたきつけた。

 叩きつけられた音に何が起こったのかとぷりちゃんが思わず出てきて、その惨状に仰天していた。


「あかりちゃん!?? だ、大事な彼氏さんに見られたくないからって」

「違うよ。こいつよ」


 コートを脱いで彼氏だったそれを顎で指すと、仰向けに倒れた彼はぐちゃりとスライム状の姿に変化して、そのまま水たまりと化した。


「ど、どうしてわかったの!?」

「こいつの足元の床に水がなのが垂れてたの。人間じゃないってね」


 するとドンドンと女の子が青ざめた表情で壊れる勢いで窓を叩いていた。私と同じ魔法少女の服を着た後輩の魔法少女だ。


「ぷ、ぷりちゃん助けて。この魔物、魔法が効かない」


 助けを求めていたのも束の間に後輩はスライムの中に飲み込まれてしまった。飲み込んだスライムがベランダからするりと去ろうとする寸前。


 どっせーい!!


 かかと落としをぶちかまし、後輩が飲み込まれている部分を切断した。後輩の体は無事のようだが魔力が限界だったようで変身が解除されている。


「ほかに飲み込まれた人はいる」

「あ、あのさっき男の人が飲み込まれて」


 後輩が指さした方向にある公園にいるスライムの中に男性の影が見えた。きっと彼だ。


「助けに行かなきゃ」

「ならサングラスとか顔を隠して」

「そんな時間ない!」


 ぷりちゃんの助言も聞かず十階のベランダから一気に公園にへと降り立つ。うにょうにょと蠢くスライムは目の前に突如として現れた私に体から複数の触手を出して狙いを定めようとしている。


「な、なにこれ。助けて!」


 公園に取り残された女の子の叫びに魔物は迷わず反応して、女の子を取り込もうと水分たっぷりの触手を伸ばそうとする。


「チェイサー!」


 伸びてきた触手をハイキックで撃ち落とし、砂を水浸しにする。やはり魔法少女の力はすごい、三年ぐらいのブランクがあるのに体がちゃんと反応する。


「早く逃げて」

「う、うん。ありがとうお姉ちゃん」


 女の子を逃がした後、いよいよ本丸である彼を助けに入る。


 次々と邪魔され続けて怒っているのか、スライムから先ほどとは比べ物がないほど数十本の触手が勢いよく飛び出し、外れた触手は地面をめくるように地表をえぐった。

 そして一発スライムを蹴るごとに何時間もかけた化粧が剥がれ、ぐるんとキックを入れたら丁寧にアイロンがけした髪があっという間に乱れてしまう。魔法少女は着飾る美しさを代償にしなければないない存在なのだ。

 でも今救わなければいけない人を前にして、女の価値とか化粧がなんて言ってられないもの!

 えぐれて飛び出た地面を足場にしてバンっと飛ぶと体が覚えてくれていたのか必殺技の口にする。


「フラッシュチャージ。オン!!」


 体を回転しながら急降下でスライムの中心部に向かって落下&スピンキック! その道中で取り込まれていた彼を救出して、再び回転を速めた。スライムの体が回転力で渦を巻き、中の体液が遠心力で吹き飛ばれて一気に飛び散る。


 そして最後の一滴に至るまで体液を消し飛ばすとスライムは完全に消滅した。

 さて三年ぶりの魔法少女あかりはこれで退治完了。あとは気絶している彼を私の腕の中で抱きかかえながら、安全な場所へと避難させておうちデート再開と。


「あかり?」


 腕の中でもう彼氏が目を覚ました。

 まずい。もう終わった。今までならなんか都合よく変身が解除するまで起きないはずなのに。今後の私のキャンパスライフに終止符が打たれようとしていたと思ったが、彼は予想外の反応をした。


「ほ、本物の魔法少女あかりですよね! ぼ、僕昔あなたに助けられたことがあって。またあなたに助けられるなんて、この三年間あなたの姿が見えなくなってSNSや記事を探し回ってたのに」


 私の腕に抱かれながら、彼はまるで子供のようにキラキラとした目を向けて興奮していた。おまけに大学で普段私に話しかけるのとは違い、尊敬をこめた丁寧な言い方で。


「え、えーとありがとう?」

「ぜんぜんわからなかった。大学で見た時なんとなく魔法少女あかりに似ている感じの人だなとは思ってたけど、好きな人が本人だったなんて! 君が恋人でよかった!」

「え? その、今の恰好とか痛いとか思わない?」

「そんなわけないじゃないですか! 憧れの魔法少女あかりはいくつになってもかっこよくてかわいいヒロインなんですよ


 ちぇ、私の苦労は何だったのよ。

 すると、ズドーン!! とまた地鳴りが響き渡った。これで一件落着とはいかないようだ。


「とりあえず遠くに逃げて」

「う、はい! 頑張って魔法少女あかり!」


 大きく手を振りながら逃げていく彼に手を振り返すと、彼は嬉しそうにぴょんと飛び跳ねた。

 そして遅れて私と彼の様子を上空から眺めていたぷりちゃんが私のところに降りてきた。


「彼氏さんあかりの大ファンだったんだね」

「そうよ。これで私のキャンパスライフの未来は守られたってわけ。けどその前にご近所さんの平和を守らないとね。プリ、今日だけ限定復帰よ。この後彼とのおうちデートも残っているんだから」

「よっ、史上最強にして唯一無二の近接格闘魔法少女アカリ!」

「その二つ名も嫌だから引退したの!!」

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