第33話 奴隷達が暴動を起こしたの

 激しい音がして、僕は目を覚ました。


「あ、起きた?」


 声の方を見ると、窓の近くにソフィアさんがいた。


「ソフィアさん……? 一体何事ですか……?」


 ソフィアさんの声は優しかったけど、表情は少し険しかった。つまり、何か良くない事が起きたのだと予想出来る。


「ちょっと遅かったみたい。奴隷達が暴動を起こしたの。数が多いからか、鎮圧が追いついていないって感じだね。ごめん、判断を間違えちゃった」

「ううん。気にしないで」


 僕も窓から道を見下ろして見ると、多くの奴隷が剣や火炎瓶を片手に暴れ回っている。


「取りあえず、被害がこっちに及ばない限りは、行動に移さない方が良いと思う」


 ソフィアさんはそう言いながら、僕にローブを着させてくる。それも二枚も着せてきた。何があっても、僕の髪が外に出ないようにするためだと思う。この状況で、奴隷達を魅了したら、私達が危ない目に遭ってしまう。念には念を入れるという事だろう。


「この暴動ってどのくらい続くと思う?」

「さぁ? あっちの目的が待遇改善や奴隷解放なら、それが叶うまでじゃないかな」

「主人を倒すの?」

「ううん。街そのものを変えようとしているんだと思う。この感じだと、私達まで被害が及ぶ事はないと思いたいけど……」


 ソフィアさんがそう言った直後、下の方でガラスが割れる音が聞こえる。


「クリスちゃんは、荷物を持って、ベッドの影に隠れて」

「う、うん」


 それから三分程すると、僕達の部屋の扉が壊され、中に暴徒が入ってくる。その暴徒の顔面に、ソフィアさんが拳を叩き込んだ。


「ぶはっ……!」


 その一撃で暴徒は気絶したが、後ろから他の暴徒も現れてきた。その二、三人をぶん殴って、相手の動きを阻害すると、荷物を持って、一気に僕の元に駆け寄ってきた。


「飛び降りる」

「はぁ!?」


 驚いている僕を、ソフィアさんが抱える。そして、窓に向かって駆け出した。


「しっかりと掴まって!」

「もう掴まってる!!」


 窓を割って、ソフィアさんに抱えられたまま外に飛び出る。五階の高さから。


「ちょっ!? このまま地面に!?」

「さすがに重すぎて、向こうには飛び移れないからね。着地するよ。舌噛まないように」


 そう言われて、身構える。すると、思いのほか弱い衝撃が襲ってきた。


「はぁ……さすが、Sランク」

「素直に褒められたいところだけど、今は止めておこうかな。ちょっとそれどころじゃないし」


 そう言われて、周囲を見回すと暴徒が、こっちを注目していた。


「おい、こいつらあの宿から降りてきたぞ」

「ああ、つまり、金持ちって事だ。おい、大人しく金を出せ!」


 暴徒達がこっちに殺到してきた。僕達が高級宿に泊まっている事が金持ちと思っているらしい。まぁ、本当にソフィアさんは金持ちだけど。


「『魔力障壁』!」


 僕達と暴徒の間に障壁を生み出す。暴徒達は、障壁に阻まれて、返ってきた反動により盛大にずっこけた。


「良い子!」

「それ褒めてる!?」


 ソフィアさんが僕を抱えたまま走り、襲ってくる暴徒は魔力障壁で防いでいく。ただ、一番の問題は、街の出口には向かえないという事だ。どんどん路地裏に入っていっている気がする。それでも、暴徒は僕達を追ってきている。


「もっと幅の狭い場所に!」

「了解!」


 ソフィアさんに幅の狭い通路に移動して貰い、その幅いっぱいに魔力障壁を張り、暴徒達の動きを完全に阻害する。そして、暴徒の視界から消えたところで、ソフィアさんが近くの家に入り込んで隠れた。


「はぁ……ちょっと暴徒が多過ぎ。街の出入口まで辿り着けない」

「他にどうすれば、出られる?」

「……街の出入口じゃなかったら、街を囲む壁を登るとか?」

「あ~あ……それって、現実的?」

「う~ん……正直なところ、クリスちゃんとこの荷物を抱えて登るのは現実的ではないかな」


 ソフィアさんの膂力なら登る事が出来ると思ったけど、さすがに、僕達を持って登るのは難しいみたい。


「じゃあ、どうする? 街を出るには暴徒だらけの場所を通り抜けるしかない。でも、暴徒は僕達を見つけると襲ってくる。一人二人なら、まだしも何十人もとなると、僕を守りながらじゃ厳しい。どうすればいい?」

「……人数が欲しい。あるいは、本気で戦えばどうにかなるけど」

「殺しちゃうもんね。僕の魔法じゃ、相手の行動を阻害する事くらいしか出来ない」

「その阻害は助かったよ。路地裏での戦闘だったら、結構重要。それで、これからどうするかだけど、ギルドに行こうと思う」

「冒険者達と協力する。つまり、人数を増やすって事だね?」

「そういう事。脱出済みでなければ、そこで耐えていると思うからね。それじゃあ、もう一度移動するよ」


 ソフィアさんは僕を抱え直すと、家を飛び出した。なるべく暴徒に見付からないように、家の屋根を渡りながら移動をしていった。そして、暴徒に見付からない屋根の上で、ギルドの様子を探る。

 ギルドは大通りに面しており、暴徒達が侵入を試みている。でも、冒険者達の反撃を受けて、中々侵入が出来ないみたいだ。

 つまり、入るには暴徒の中を突っ切るしかないのだ。少なくとも、僕はそう考えていた。


「どうする? あれを突っ切れる?」

「ううん。その必要はないよ」

「そうなの?」


 ギルドの裏口でも知っているのかと思っていると、予想の斜め上の答えが返ってきた。


「上の窓から侵入する。屋根を伝って走っていけば、この荷物でも飛び込めると思う」

「僕達が暴徒だと思われない……?」

「大丈夫でしょ。冒険者と協力出来れば、クリスちゃんの護衛を任せて、私が道を切り開く事も出来るだろうし、状況が改善するはず」

「分かった。行こう」

「よし!」


 ソフィアさんは、僕を抱えたままギルドに向かって屋根を伝っていく。そして、ギルドの二階部分の窓から中へと侵入した。さっきの五階からジャンプを経験しているからか、今回はそこまで怖くなかった。

 ガラスを割る音と共に、ギルドの二階に着地したソフィアさんと僕に、冒険者とギルドの職員が注目する。


「っ……んだよ。嬢ちゃん達か。暴徒共かと思ったじゃねぇか」


 一緒に戦ったCランク冒険者が笑いながらそう言った。


「ごめんなさい。街から脱出しようとしたら、暴徒達で外まで出る事が出来かなったんです」


 驚かせてしまった事を謝罪しつつ、こっちの事情を説明する。


「なるほどな。そこに関しては、俺達と同じだ。こっちも宿が襲撃されて、一時的にギルドに避難してきた奴等ばかりだ。今は、職員達が状況打開のために動いている。俺達にとっても良い情報なのは、暴動を事前に察知した職員が近くの街に応援を頼んでいるらしい。その間俺達は、ここで耐えるか脱出するかのどちらかになるな。ほとんどの奴等は、脱出の方を目指して動いている」

「それなら、僕達も協力します」

「Sランク冒険者がいるのなら、心強い」

「何か策はある?」


 ここで、会話を僕に任せてくれていたソフィアさんがそう訊く。ここからは、ソフィアさんがどう動くべきかの話にもなるので、僕の方が黙る。


「突破力が欲しかったんだ。あんたを先頭に、戦闘が出来ない者達を囲んで街を出る。かなり脳筋な作戦だが、やってみる価値はあると思ってる」

「……守るべき人数は?」

「職員十名。魔法を使う奴等が二十名。そして、あの暴動に参加しなかった奴隷達が二十名だ」

「結構多い……じゃあ、戦力は?」

「三十名だ」


 守る人数より、守られる人数が多い。皆がすぐに行動を起こさなかった理由はこれだ。でも、ソフィアさんがいれば、その限りじゃない。


「ここを抜けたらどうするの?」

「カエストルに向かう。ここから一番近い街だ。運が良ければ、援軍と合流出来るだろう」


 現在応援を呼びに行った職員は、カエストルに行ったみたいだ。ただ、こんな夜中なので、実際に援軍が集まっているかどうかは分からないけど。


「私達は、そのままピリジンに向かうから、街を出たところで別れる事になる。それでもやる?」


 ソフィアさんが守れるのは、街の外出るまでという事を伝えている。僕達の目的は、この街を救う事では無い。だから、ラバーニャを出たところで、冒険者達とは別れる事になる。

 つまり、そこからカエストルに行くまでは、ソフィアさん無しで行かないといけない。それでも、この作戦で街の外に出るのかを確認しておかないといけない。


「やろう。そこまで行けば、魔法を使える奴等も戦力になる。俺達でも守り切れるだろう」

「なら、それでいこう。準備を進めて」

「分かった!」


 冒険者とそう話したソフィアさんは、僕を降ろした。


「よし。これなら脱出出来る。思っていた以上に、守る範囲が大きいけど、三十人もいればどうにかなると思う。クリスちゃんは、守られる側で中央にいてね」

「うん。分かった」


 僕が暴徒と戦う事は厳しいので、ソフィアさんの言うとおりにする。


「もし、私達を抜けて襲ってくる暴徒がいたら、魔力障壁でどうにかしてね」

「分かってる。ソフィアさんの荷物はどうする? 僕が持っていく?」

「そんなに力持ちじゃないでしょ? 大丈夫。これを持ちながらでも、暴徒相手なら、十分に戦えるから」

「そう? 分かった。頑張ってね」

「そっちもね」


 ソフィアさんはそう言うと、僕にキスをした。他の冒険者達が見ているかもしれないと思ったけど、外の暴徒に集中していたから、全く見られなかった。それだけは良かった。


「こっちの準備は終わったぞ!」

「よし! 行くよ。怪我しないように」

「了解」


 ソフィアさんは、ギルドの出入り口の方に行く。僕は、非戦闘員の集まりに向かう。そこには、いつもの受付の人がいた。それに、本当に奴隷もいた。


「この暴動には、全ての奴隷が関わっているわけじゃないんですよ。主人に恨みを持っていたり、不当な扱いを受けていた奴隷達が反旗を翻したみたいです」


 僕が奴隷達を見ていたのを見て、受付の人が教えてくれた。


「この暴動の最終目的は何なんですか?」

「話によると、街を滅ぼす事らしいです。自分達が奴隷になったのは、奴隷によって発展したこの街そのもののせいという認識になっているみたいです」

「そうなんですか」


 そういう認識になっていると考えると、この暴動はそのうち収まるって感じではなさそう。鎮圧部隊で、きちんと蓋をする必要があるんだ。

 それに、こういう理由に賛同出来ない奴隷を敵として扱うようになるって事も理解出来た。自分達の思い通りに事を動かしたいんだ。


「収まると良いですね」

「そうですね。こんな状態だと、私も勤務場所が変わってしまうかもしれません。本当に困ったものです」


 慣れ親しんだ場所を離れて働く事になる。それが、どれだけ不安な事かを僕は知っている。そして、それがいつか慣れるという事も。


「きっと大丈夫ですよ」

「そうだと良いですが」


 そんな話をしていると、ソフィアさん達の最終確認も済んだようだ。


「それじゃあ、出るよ! 全員絶対に離れないように! ばらけた瞬間、暴徒に飲まれるよ!」


 ソフィアさんにそう言われて、非戦闘員の皆がより近くに寄っていく。その周りを冒険者達が覆った。これで周囲から暴徒が襲い掛かってきても、冒険者達が対応してくれる。


「それじゃあ、出発!」


 ソフィアさんを先頭にして、僕達はギルドを出て行く。

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