第32話 クリスちゃんは、勇者達に捨てられたんだよ?

 いつもと違うソフィアさんに、僕は少し心配になった。


「どうしたの?」

「何で、クリスちゃんは、そんななの?」

「?」


 ソフィアさんが言っている意味が分からず、少し困惑する。それを知ってか知らずか、ソフィアさんは、さらに力を込めてきた。痛くはないけど、よりソフィアさんに密着する事になる。


「クリスちゃんは、勇者達に捨てられたんだよ? それも下手したら死んでいたかもしれない薬を飲まされて……それなのに、何でその人達を心配出来るの? 恨んでいる方が普通だよ?」


 ソフィアさんの声は、少し震えている気がした。確かに、ソフィアさんの言うとおり、あの薬は安全面とかの確認をしていなかったみたいだから、僕は死んでいてもおかしくなかった。その事はアルス達から貰った手紙で分かっている。

 そんな事をされれば、ソフィアさんの言うとおり、恨んでもおかしくはない。寧ろ、恨むことが普通なくらいだろう。でも、今の僕に、その恨みはあまりなかった。


「確かに、最初は恨んだよ。こんな身体にされたし、死ぬかもしれない薬を二本も飲まされたんだから。でもね。そんなでも、仲間だったんだ。だから、心配もする」


 置いて行かれたからといって、死んで欲しいとは願わない。そこまで非情にはなれない。


「大人だね」

「そりゃあね。それに、こうして女性にならなかったら、ソフィアさんとは出会えてなかったわけだし、そこだけは感謝しても良いと思ってる」


 本心からの言葉を伝えると、ソフィアさんは凄く嬉しそうな顔になる。


「ありがとう! 私もクリスちゃんに会えて、凄く嬉しいよ!」


 ソフィアさんはそう言って、キスをしてきた。お風呂ではそういう事はしないと言ってはいるんだけど、僕の言葉が余程嬉しかったのか抑えきれなかったみたいだ。

 こればかりはソフィアさんの気持ちもなんとなく理解出来るので、受け入れる。五秒程すると、ソフィアさんが唇を離した。


「ごめんね。約束破っちゃって」

「ううん。僕もよく破るし」

「あ、それもそうだね。じゃあ、これからも破るね」

「それは止めて欲しいかも……」

「ふぅ~ん……ふぅ~ん……!」


 ソフィアさんは顔を近づけて圧を掛けてくる。お前が言うかという事だろう。これに関しては、本当に何も言い返せない。実際、何度も破っているのは僕の方だし。


「他の利用者の迷惑になるから……」


 せめてもの返しとしてそう言うと、ソフィアさんは、小さくため息を零した。


「まぁ、クリスちゃんの準備が整っちゃうもんね」

「恥ずかしいから、あまり口に出さないで欲しいんだけど……」

「え~、いつもは喜ぶくせに」


 湯船に浸かっているのとは、別の理由で顔が真っ赤になるのを感じる。


「さてと、そろそろ出ようか。言いたい事も言えて、聞きたい事も聞けたし」

「あ、うん……」


 言いたい事と聞きたい事。僕は、二つともちゃんと出来た気がしない。胸中を吐露する事が出来れば、どんな嬉しい事か。また気持ちが揺れる。こんなに意志が弱い人間だったっけ。そんな風に考えていると、唐突にソフィアさんが胸を揉んできた。


「ひゃあっ!?」

「どうしたの? 何か暗い感じだったけど」


 表情には出していないはずだけど、ソフィアさんに見抜かれてしまった。本当にソフィアさんには隠し事は出来ない。でも、どうにかして誤魔化さないと。


「何でもないよ。稼ぎが悪くなるなぁって思ってただけ」

「……そう。でも、Dランクに上がったから、これまでよりかは増えると思うよ」

「それもそうだね」


 取りあえずは誤魔化せたみたい。一安心だ。

 その後、予告通り意識を失っても続く快楽に襲われる事になった。何度かもう終わりにしようと懇願したけど、それが却ってソフィアさんの感情を煽ったようで、さらに激しくなったのだった。


────────────────────────


 クリスが寝た後、ソフィアはいつも通り、タオルを洗っていた。今日は、いつもよりも枚数が多い。


「興奮して、ちょっとやり過ぎたかな。反省、反省」


 全く反省している素振りのない反省をしながら、タオルを洗い終えたソフィアは、ベッドに腰掛けて、クリスの顔に掛かっている髪を上げる。


「何か悩みがあるのかな。私に言いづらい事って何だろう? 告白とかかな。してくれるなら、早くしてくれれば良いのに」


 ソフィアは、優しい顔でクリスの頬に手を添える。


「愛してるよ。こんな気持ちになったのは、あいつ以来かな」


 ソフィアの心の底から出た言葉は、寝ているクリスには聞こえなかった。それが分かっているソフィアは、短くため息を吐いて、ベッドに入る。


(それにしても、クリスちゃんの胸、少し大きくなってたなぁ。これが成長期ってやつなのか……取りあえず、クリスちゃんがこのままでも成長はするっていうのは、確定だね。それにもう長いことこの姿で過ごしているけど、変に体調が悪化するという事もない。一応、もう大丈夫って考えても良いよね)


 薬を飲んでから、かなり日数が経ち、髪の毛だけでなく身体的な成長も確認出来たので、クリスが突然死んでしまうという可能性は低くなったと、ソフィアは考えていた。


「ふぁ~あ……私も眠いや。おやすみ」


 ソフィアは、クリスにキスをしてから、軽く抱きしめ就寝した。


────────────────────────


 それから一週間後。今日もいつも通り、依頼内容の森の魔物を討伐してから街に戻ってくると、ソフィアさんが入口で迎えてくれる。ただ、ソフィアさんの様子がいつもと違う。


「ただいま。どうかした?」

「おかえり。ちょっと街の様子が変でね。奴隷達が、反旗を翻すみたいな噂が流れてるの」

「噂?」

「そう。噂。確固たる証拠は見付かってないみたい。街の人達は、こういう街だからそういう噂は絶えないから、気にしても仕方ないって。でも、この前クリスちゃんが見かけた奴隷の集団を思い出してね。私としては、真実じゃないかと考えているの」


 二週間前。銭湯に行く前に、路地裏で見かけた奴隷の集団。あの時は、ソフィアさんの意見を鵜呑みしちゃったけど、この話を聞けば、全く別の光景に見えてくる。つまり、複数の奴隷が集まって計画を練っているような光景に。


「この街は、少し危ない状況みたい。一応、前の臨時収入で、野営用の道具は買っておいたから、急だけど明日、発とうと思う」


 野営の道具に関しては、ソフィアさんの方が詳しいので、お金を預けて買って貰っていた。本当はもう少し稼がないと足りない予定だったけど、ゴブリンの集落の件での臨時収入で、その分は賄えたみたい。


「本当に急だね。大丈夫なの?」


 一応確認をする。少しでも無理していると分かったら、まだ発たない方がいいと思ったからだ。


「大丈夫。予定よりも良いものが買えて、さらに余裕もあるくらいだから。途中の街での食糧補給は、予定通りだし。ただ、クリスちゃんの懐に余裕は生まれなくなっちゃうかな」

「安全第一で行った方が良いだろうし、そこは割り切るよ」

「ありがとう。それじゃあ、ギルドで換金し終わったら、明日の準備をしよう」

「うん」


 僕達は、ギルドで今日の依頼分を換金した後、宿に戻り、明日の準備を進めていく。


「クリスちゃんには、食糧を持って貰うから。日持ちするものばかりだから、どうしても単調なご飯になるけど、我慢してね」

「うん。それも分かってるよ。さすがに、ここで良いご飯が食べたいなんて我が儘は言わないよ」

「クリスちゃんが良い子で良かった」

「僕の方が年上だっていう事忘れてるよね……」

「忘れてないよ」

「それはそれで傷付くけど……」


 そんな冗談を交えたやり取りをしつつ準備を進めていく。食糧の入った僕の荷物は、いつもよりも重くなっている。でも、ソフィアさんの荷物は、僕のものよりもさらに大きいものになっていた。


「やっぱり、もう少し僕が持とうか?」

「ううん。大丈夫だよ。このくらいなら、あまり変わらないから。寧ろ、食糧で、クリスちゃんの方がいつもよりも重くなってるし。一週間分の食糧だからね。私のは、見た目だけだから」

「そうなんだ。それにしても、こんなに準備が必要なんて、野営って大変なんだね」

「そうだね。私とクリスちゃんは、同じ寝袋とテントで良いから、これでも楽な方だけどね」


 いつも一緒に寝ているから、一緒の寝袋でも全く抵抗はない。


「ただ、問題があってね……」

「問題?」


 ソフィアさんの深刻そうな顔から、余程大事な事だと分かる。一体何なのだろうかと思ったけど、すぐに一つ思いついた事があった。


「もしかして、夜?」

「そう! さすがに、野営中にするわけにはいかないからね。見張りもあるし」

「あっ、そうだ。見張りは、僕もやった方がいいもんね」

「いや、見張り自体は、私が基本的にやるから。本格的な野営は初めてでしょ? 多分、道中の道で疲れるだろうから、クリスちゃんにはしっかりと休んで貰わないとね」

「えっ、さすがに悪いよ」


 ソフィアさん一人に見張りを任せるのは、さすがに悪いと思いそう言う。しかし、ソフィアさんは笑いながら、こっちの頭を撫でてきた。


「大丈夫、大丈夫。Sランク依頼だと、四日五日寝ない事もあるから」

「一体どんな依頼なの……」

「まぁ色々とね。クリスちゃんが慣れたら、頼もうかな」

「じゃあ、なるべく早く慣れるよ」

「ありがとうね」


 明日の準備を終えた僕達は、いつも通り銭湯で身体を洗ってから、早めに就寝した。

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