第29話 自分に足りない物を知る事が出来たから

 次に僕が目を覚ましたのは、夜中だった。首を横に向けると、ソフィアさんが眠っていた。僕は、ソフィアさんを起こさないようにベッドから抜ける。テーブルに目を向けると、ソフィアさんの書き置きがあった。


「『ご飯を置いておくよ。起きたら食べてね』か。朝になったら、お礼を言わなくちゃ」


 僕は、ソフィアさんが買ってきてくれたご飯を食べてから、『錬金術入門』の本を読んだ。

 錬金術の基本は、素材と素材の掛け合わせで、新しいものを作り出すというものだ。本来であれば、作れるわけがないものが作れる。

 そんな事が可能なのは、錬金釜という特殊な道具のおかげだ。錬金釜には、錬金術を補助するために、素材と素材を無理矢理掛け合わせるという魔法が付加されている。そう無理矢理だ。

 やろうと思えば、ライミアのように錬金釜無しに錬金術を使う事は出来るが、不安定になり、様々な危険がでるので、錬金釜無しに錬金術を使おうとする人はいない。


「基本的には、錬金釜とそれを扱う魔力さえあれば、誰でも錬金術は使えるのか……」


 そして、使う素材、作る物によって消費魔力は変わってくる。ライミアの保有魔力は、桁違いだった。それを全て錬金術に注いだからこそ、あそこまで錬金術に精通する事が出来たのだろう。


「これを考えると、今の僕の魔力で性転換の薬を作るのは、無理があるか……いや、寧ろ今の方が、保有魔力が上がっている可能性もあるから、出来なくはないかもしれない」


 掛け合わせる素材は、出来るだけ魔力を含んでいるもの、あるいは新鮮なものが好ましい。というのも、新鮮な方が含んでいる魔力が多いかららしい。この新鮮さが関係するのは、植物や肉、魚などとなっている。鉱石などは、新鮮さは関係ないけど、保有する魔力量の差が激しいらしい。


「素材の見極めが大事か。そこは何となく分かっていたけど、思っていたよりもかなり重要そうだ。これから、店に入るときとか採取依頼のときに注意して見てみよう」


 錬金術の難易度は、作る物の種類によっても変わってくるようだ。この難易度というのは、消費魔力の話では無く、実際に錬金物が出来るかどうかの確率の話だった。基本的に、固体の物の方が成功確率が高く、液体の物は低い。理由は判明していないが、固体の方が物体としての安定度が高いと言われているらしい。


「僕が飲んだ性転換の薬と若返りの薬は、どちらも液体。それに未知の薬だから、難易度は跳ね上がるか。まぁ、これは予想していたから、そこまでショックではないかな。問題は、そのレベルまで腕を上げる事が出来るかどうかか」


 最後に錬金釜は、物によって性能が変わるらしい。性能というのは、錬金術の補助する力の事を言う。性能が高ければ高いほど、錬金術で失敗する可能性が減るとの事。ただ、その性能が上がれば上がる程、錬金釜の金額も高くなっていく。


「はぁ……治療院で働いていたらともかく、今の僕じゃ稼ぐのに時間が掛かりそう……ランク上げないとなぁ」

「稼ぐなら、Bランクくらいまでは上げておきたいところだね」

「!?」


 本に夢中になっていたら、いつの間にか起きていたソフィアさんの声がして驚いた。そんな僕を持ち上げて、自分が椅子に座った後、僕を膝の上に載せた。


「何読んでたの?」

「あ、うん。『錬金術入門』って本。王都に行く前に、これを読めて良かった。自分に足りない物を知る事が出来たから」

「ふぅん。それで、足りないのがお金なんだね」

「うん。あっ、ご飯ありがとう。美味しかった」


 忘れないうちに、ご飯のお礼を伝えておく。


「それは良かった」


 ソフィアさんはそう言いながら、僕のお腹を撫でてくる。


「ああ、それと、新しいローブを買ってきたから、今度着てみてね」

「えっ、ありがとう。後でお金出すよ」

「ううん。それよりも……」


 ソフィアさんはそう言いながら、お腹を撫でていた手を下の方に滑らしていく。そして、もう片方の手を胸に添えてきた。


「ソフィアさんは眠いんじゃないの?」

「ううん。そうでもないよ。クリスちゃんを抱きしめてたら、目が覚めちゃった。クリスちゃんが可愛いのが悪いね」

「……変態」

「う~ん、可愛い!」


 そう言って、僕の耳を咥えてきた。


「!?」


 前にもやられた事はあるけど、この感覚は全然慣れない。椅子の上で弄ばれた後、ベッドに連れて行かれた。そこから空が白んでくるまで、眠る事は出来なかった。


────────────────────────


 お昼頃に目を覚ました僕は、ソフィアさんに抱きしめられたままだった。そのため、必然的にソフィアさんの腕枕で寝ていた事になる。ソフィアさんの腕が心配だ。

 結構しっかりと抱かれているので、抜け出そうにも抜け出せない。どうしようかと悩んでいると、ソフィアさんの身体が動き出す。そして、徐に人の髪に顔を突っ込んで、鼻で深呼吸を始めた。


「おはよう……クリスちゃん」

「おはよう、ソフィアさん」


 朝の挨拶を交わした後、ソフィアさんは一度強く抱きしめてくれ、すぐに解放された。


「う~ん……よし! 朝……じゃなくて、お昼ご飯を食べて、ギルドに行こうか」

「うん」


 僕達は、身支度を調えて、外でお昼を摂り、ギルドへと向かった。僕達が、ギルドに入ると、冒険者達の視線が集まってきた。何度も同じような事があったとはいえど、この視線の集中には慣れない。それに、あちらこちらから、僕たちを見て何かを話している声が聞こえる。その内容までは、聞き取れないから、余計に緊張していた。

 手を繋いでいるソフィアさんに、なるべく近づいて移動する。そうして、受付の前まで来ると、すぐに受付の人がやって来た。


「お待ちしておりました。こちらが今回の報酬になります」


 そう言って渡されたのは、金貨五枚だった。


「思ったより多いですね」

「今回は事態が事態でしたので、ソフィアさんには、多めに渡す事になったのです。内訳としましては、金貨四枚がソフィアさん、金貨一枚がクリスさんとなっています」

「!?」


 自分の分が、金貨一枚だと思わず、驚いてしまった。どう考えても僕の取り分としては多すぎる。僕が驚いているのを見て、受付の人はニコッと微笑んだ。


「こちらの取り分で間違いはありません。他の冒険者の方々から、クリスさんが囮になったという話を聞きました。その事から、報酬を増やして欲しいという意見が多数寄せられまして、この取り分になりました」


 それを聞いて周りを見回すと、冒険者の皆がこっちを見て、笑いながら親指を立てていた。本当に、皆が厚意で言ってくれたみたいだ。僕は周りの皆にお礼を伝えるため、頭を下げていく。すると、冒険者の皆の笑い声が響いた。


「ありがとな、嬢ちゃん!」


 一緒に戦ってくれた冒険者の声を皮切りに、皆が感謝の言葉を述べてくれる。最初に感じていた緊張が嘘のように消え去った。皆が見ていたのが、悪意などではない事が分かったからだ。

 ホッとしていると、ソフィアさんが何も言わずに、頭を撫でてくる。その行動だけで、ソフィアさんが「良かったね」と言っている事は分かった。


「その後、何か分かった事はありますか?」

「集落は全て壊し終えましたが、ゴブリンの残党が多いようです。あの規模ですから、仕方ありません。しばらくの間、ゴブリン討伐の依頼は常に出され続けますので、クリスさんには受けて頂けると嬉しいです」

「分かりました」

「ああ、それと、クリスさんは、今回の実績でDランクに上がります」

「うぇ!?」


 まさかのランクアップに驚いてしまった。もうしばらくはEランクで依頼を熟さないとって思っていたから尚更だ。


「それだけの実績ですので。手続きをしますので、カードをお願いします」

「あ、はい」


 カードを渡して、手続きをしてもらう。一分ほどでカードが返ってきた。そこには、Dの文字が書かれている。これで、僕はDランクの冒険者になった。これで、これまでよりも稼げるようになっただろう。でも、実力が伴っているかと言われたら、微妙な気がするから、これからも気は引き締めていかないといけない。


「それじゃあ、用事も終わったので、私達は失礼します」

「あ、はい。明日からもよろしくお願いします」


 報酬も貰ったので、僕達は、ギルドを後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る