第28話 良かった。無事みたいだ

 ソフィアさんに抱えられながら、Bランク冒険者達の元に向かうと、既に他の冒険者達が治療しているところだった。


「良かった。無事みたいだ」


 Bランク冒険者達は、元気とはいかないけど、身体を起こして会話出来るくらいには回復していた。それを見て、一安心した。あのまま放っておいて、死なれていたら、罪悪感で押し潰されていたかもしれない。

 安堵している僕達の元に、一緒に戦ったCランク冒険者の男性が駆け寄ってきた。


「嬢ちゃん! 無事だったか!?」

「はい。ソフィアさんが助けてくれましたので」

「そうか。見たところ、怪我は負ったようだが、治療はいるか?」

「いえ、自分で治療したので、大丈夫です。他の方々の治療を優先してください」

「ああ、分かった。それで、あんたがSランクの」


 冒険者の男性が、僕からソフィアさんに視線を移す。


「ソフィアです。キングゴブリンとクイーンゴブリンは全て倒し終えたので、後は、ホブゴブリンとゴブリンの殲滅だけです。そちらの方はどうでしょうか?」

「こっちに来た奴等は、全て倒したから、そっちも終わりで良いだろう。森に散り散りになった奴等は、ギルドが緊急依頼を出すだろうから、今は放っておいて良いだろう。それとDランク冒険者達で、集落を壊している。これが終わり次第、俺達はラバーニャに戻るが、嬢ちゃん達は、先に戻っていて構わない。一番の功労者達と言えるからな」


 僕はともかく、ソフィアさんは一番の功労者と言われてもおかしくない。一人で、キングゴブリンとクイーンゴブリン計六体を倒したのだというのだから。地竜より弱いとはいえ、六体という数は馬鹿に出来ない。それを難なく倒せるソフィアさんの強さを改めて実感する。


「お言葉に甘えさせて貰います。この先にキングゴブリン一体とあちらの方にキングゴブリン二体、クイーンゴブリン三体の魔石があると思うので、それの回収もお願いして良いですか?」


 規模的にクイーンゴブリンはいてもおかしくないと思っていたらしい冒険者の男性は、詳しい数を聞いて、一瞬表情が固まったけど、すぐに我に返った。


「あ、ああ。そっちも任せておいてくれ」

「頼みます」


 ソフィアさんはそう言って、僕を抱え直すと、恐らくラバーニャの方に駆け出した。僕は、ソフィアさんの背中越しに、冒険者の皆に手を振る。すると、治療を受けているBランクの冒険者も一緒に、笑顔で手を振り返してくれた。治療を受けているのに、申し訳ないなと思っている間に、冒険者の皆が小さくなっていった。


「あっ、ごめんね。ちゃんと挨拶したかったよね」


 僕が手を振っている事に気が付いたソフィアさんが、申し訳なさそうな表情で謝る。


「ううん。大丈夫。皆、笑ってくれていたから」

「それなら良かった」


 ソフィアさんが街へと急ぐ理由は、多分僕だ。ソフィアさんの過保護は、ファウルムなどでよく理解している。怪我自体は、本当にもう治っているけど、ソフィアさんとしては心配なんだと思う。それに、僕のローブが破れているというのも理由に含まれていると思う。下手すると、髪の毛が飛び出して、所構わず魅了しちゃうだろうから。

 程なく、僕達はラバーニャに着く。ソフィアさんは、まっすぐギルドへと向かった。ゴブリンの集落を崩壊させた報告をしないといけないからだ。ソフィアさんは、僕を抱えたまま受付に向かった。


「ソ、ソフィアさん!? もしかして、もう終わったのですか?」

「皆が尽力してくれたおかげです。ですが、一つ不可解な点が。キングゴブリン三体とクイーンゴブリン三体が、集落の奥にいました。ゴブリンの規模も集落三つ分くらいです。この規模に膨らむまで気付かなかったというのは、どういう事なのでしょうか?」

「キングゴブリンとクイーンゴブリンが三体ずつですか!? そのような報告は入っていませんでした……ここ最近、ゴブリンが多くなっているという報告から、集落でキングゴブリン発見という運びでしたので……」


 ソフィアさんの報告に、受付の人はかなり驚いていた。受付の人の話を聞く限り、キングゴブリンは、一体だけで行動していたところを目撃されたというところだろう。


「ギルドの怠慢というわけじゃないようですね。キングゴブリン達の魔石は、他の冒険者達に任せました。私達は宿に戻りますので、報酬は明日受け取りに来ます」

「はい。お昼頃でしたら、精算も終わっていると思いますので、お昼以降に来て頂ければ、報酬をお渡し出来ると思います」

「分かりました。では、失礼します」


 この間、ソフィアさんは一度も僕を降ろしてくれなかった。若干恥ずかしい気持ちはあったけど、会話に割り込む余裕がなかったので、仕方ないと諦めた。

 そのまま宿に連れて行って貰った僕は、ソフィアさんにローブを脱がされ、新しいローブに着替えさせられた。


「それじゃあ、行くよ」

「え?」

「まずは、汗を流さないと。このまま休んでも良いけど、そっちの方がすっきりするでしょ」

「ああ、そういう事」


 これから銭湯に行くと気付いた僕は、そのまま歩いて部屋を出ようとする。だけど、また後ろからソフィアさんに抱き抱えられてしまった。


「えっと……もう街に着いたから、抱えて貰わなくても大丈夫だけど」

「駄目。傷は治したとはいえ、疲労とかは消えないし、他にも気付いていないだけで、怪我とかをしているかもしれないし」


 色々な理由を出しているけど、多分、根元の理由はこれらじゃない。僕が危ない目にあっていた事で、ソフィアさんは不安になっているのだと思う。自分の見ていないところで、自分の手の届かないところで、僕が死んでしまう事を。そんな風に考えられるだけのことが、これまでの生活であった。


「……ごめん、心配を掛けて」


 その言葉で、僕が考えている事を読んだソフィアさんは、優しく微笑んだ。でも、僕を降ろしてはくれなかった。

 それだけ僕の事を大事に思ってくれているという事だ。嬉しいと思うのと同時に、少し申し訳ないとも思う。

 そのまま銭湯に連れて行かれて、身体を洗われる。幸い、自分で気付かなかった傷は打ち身程度だった。自分で治せる範囲だ。


「嫁入り前の身体なのに、ボロボロになっちゃうね」

「嫁入りはしないけどね」


 ジトッとソフィアさんを見ると、ソフィアさんはおちゃらけたように肩を竦める。それがおかしくて笑うと、ソフィアさんも同じく笑った。


「そうだ。ソフィアさんとの鍛錬が少し活きたかも。走りっぱなしだったから」

「みたいだね。そうだ。私もクリスちゃんに言いたい事があったんだった」


 僕に言いたい事って、説教かな。後でって言っていたし。


「瞬く閃光があったおかげで、クリスちゃんを見つけられたんだ。あれって、キングゴブリンの目を眩ませるって理由の他、私に場所を知らせるって理由もあるんでしょ?」

「うん。まぁ、それくらいしか出来なかったし、思いつかなかったから」


 ソフィアさんの言うとおりだ。あれは、キングゴブリンの足止めだけではなく、ソフィアさんに自分の居場所を知らせるために使っていた。ソフィアさんと合流する事が、あの時の最善だったし、本当に他に方法が思いつかなかったから。


「クリスちゃんは、結構頭が回るよね。自分の身の危険は、考慮にいれないみたいだけど」

「あははは……」

「笑って誤魔化さないの」


 ソフィアさんはそう言って、僕を後ろから抱きしめて、頬を摘まんでくる。事実なので、されるがままになっていた。

 そんなこんなで、銭湯を後にした僕達は宿に戻ってきた。この間の移動もソフィアさんに抱えられたままだった。


「さてと」


 ソフィアさんはそう言って、僕をベッドの上に寝かせる。


「えっと……言っておくと、僕はまだ眠くないよ」


 まだ昼過ぎくらいなので、疲れてはいるけど、まだ眠くない。なので、ベッドに寝かされても困る。

 そう伝えたはずなのに、ソフィアさんは、全く聞く耳を持たないで、布団まで被せてきた。


「はい。ゆっくり休んでね」


 ソフィアさんはそう言うと、僕の胸辺りを心音と同じくらいの早さで軽く叩く。


「だから、そんなに……眠くない……って……」


 僕の意識はそこで途絶えた。


────────────────────────


 クリスが寝たのを確認したソフィアは、軽くキスをする。


「おやすみ」


 そう囁いてから、ソフィアは宿を出て行った。そして、クリスのローブを買いに向かう。クリスのサイズは把握しているので、クリスがいなくてもなんら問題はない。

 その間に、ソフィアは今回のキングゴブリン達について考えていた。


(三体のキングゴブリンとクイーンゴブリン……おかしいのは、三つの集落が合わさった事……普通はそんな事起こらない。というか、そんな事が起こったというのは、一度も聞いた事がない。何かに追い立てられた……地竜?)


 地竜とキングゴブリンでは、強さが桁違いだ。そのため地竜が縄張りから飛び出した事で、その周辺にいたキングゴブリン達が移動してきたというのは、あり得る話だった。


(うわぁ……一番に考えられる原因は、それしかない……地竜が来たって言うのなら、大きな移動もあり得る。これは……一応、クリスちゃんと共有しておこう。今のクリスちゃんなら、受け止めきれるだろうし。後で、誰かから聞かされるよりも、今、私から言った方がいいだろうし、そもそも確定でもないしね)


 クリスのローブを買ったソフィアは、まっすぐ宿には帰らず、軽食を買って帰った。

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