第27話 ソフィアさんが見つけてくれる事を祈ろう

 キングゴブリンを引きつけていると、倒れ伏している冒険者達を見掛けた。ホブゴブリンを相手にしていると言っていたBランク冒険者達だろう。

 恐らく、ここを通って来たであろうキングゴブリンにやられたのだと思う。遠目で見た感じだから、まだ確定ではないけど、死んではいないように見える。すぐに治療に向かいたいところだけど、キングゴブリンに追われたままなので、素通りした。

 向こうの方が巨体という事もあり、一歩一歩の距離が違う。追いつかれるのは、時間の問題だった。

 追いつかれる前に、森に入る事が出来れば、少しはマシになるはずだ。そう信じて走っていると、僕の後ろから大きな影が差してきた。それは、キングゴブリンに追いつかれた事を意味している。影から、キングゴブリンが、棍棒を振り上げている事が分かった。


「『魔力障壁』! 『魔力障壁』!」


 振り返りざまに棍棒の軌道に合わせ、二つの魔力障壁を重ねて、斜めに設置する。キングゴブリンの棍棒は、一枚目の魔力障壁を割り、それによって勢いが殺され、二枚目の魔力障壁で棍棒が滑り、僕の真横に叩きつけられる。一応魔力障壁を二重で使えば、キングゴブリンの攻撃はずらせる。本当に少しだけだから、こっちでもある程度避けないといけないけど。

 キングゴブリンの二撃目が来る前に、また駆け出す。そして、もう少し森に入るというところで、キングゴブリンが棍棒を投げつけてきた。


「『魔力障壁』!」


 ギリギリで魔力障壁は間に合った。でも、それで棍棒を止める事は出来ず、すぐに割られた。勢いは落ち、少しだけ軌道は変わったけど、完全に避けきる事は出来ず、左肩を掠める。ローブが千切れ、フードも取れた。


「ぐっ……」


 そのまま立って耐えるなんてことは出来ず、吹き飛ばされて地面に叩きつけられた。その間に、キングゴブリンが間合いまで近づいて来ていた。


「『魔力障壁』! 『魔力障壁』! 『魔力障壁』!」


 とっさに三重で魔力障壁を張る。そこに、キングゴブリンが拳を振り下ろした。一枚目、二枚目の障壁はすぐに割られたけど、少しだけ時間を稼げた。三枚目が割られる直前に、地面を転がって避ける事が出来た。

 そのまま立ち上がろうとすると、左肩に鋭い痛みが走った。さっきの棍棒で骨に罅が入ったのかもしれない。

 痛みを押し殺して、逃走を続けようとする。しかし、進行方向の目の前に、キングゴブリンの拳が振り落とされた。一歩でも進んでいたら、潰されていただろう。


「『閃光せんこう』!」


 僕の目の前で白い光が瞬く。それは、僕を見ていたキングゴブリンの目を完全に眩ませる事に成功した。キングゴブリンの目が眩んでいる間に、森に入って木に隠れる。


「『治癒』今って、どの辺りなんだろう。方向は間違ってない……とは限らないか」


 肩の治療をしながら、周囲を確認する。でも、正直ここがどこなのか、ちゃんとキングゴブリンが来た方に向かっているのかは分からない。


「ソフィアさんに合流すれば、どうにかなると思ったけど……ちょっと認識が甘かったかな」


 僕の肩が治るのと、キングゴブリンが視界を取り戻すのは、ほぼ同時だった。キングゴブリンは、僕を探して周囲を見回している。


「このまま見失ったら、戻っちゃうかな? というか、僕が来た方向ってどっちだっけ……?」


 ここに来て、自分の致命的な方向音痴が邪魔をしてきた。このままだと、冒険者も安全になるかどうかが分からない。


「……ソフィアさんが見つけてくれる事を祈ろう」


 ちょっと離れた森の中で、僕はキングゴブリンの視界に映るように姿を現す。


「こっちだよ!」


 自分からキングゴブリンを呼び掛ける。キングゴブリンは、僕を見つけて、一直線に走ってきた。


「はぁ!? 何でいきなり走るんだ!?」


 そう言いながら駆け出すと、自分の髪の毛が視界に映った。そこで、ローブのフードが取れている事を思い出した。魅了の力が全開になっていると考えれば、キングゴブリンが走ってくるのも分かる気がする。

 全力で走り続ける。ここで、キングゴブリンに捕まってしまえば、どうなるか分かったものではない。まさか、こんなところで、体力勝負になるとは思わなかった。キングゴブリンは、地竜のように木々を薙ぎ倒して進んでくるわけではないので、必然的に平原よりも遅くなる。その点だけは、本当に有り難い。

 それでも、やっぱり足が速い。一歩一歩の歩幅の違いは大きい。追いつかれるのは時間の問題になるだろう。だから、さらに時間を稼ぐ。


「『閃光』!」


 またキングゴブリンの視界を眩ませる。これを繰り返せば、キングゴブリンを翻弄出来るだろう。キングゴブリンが追いつきそうになれば、毎回閃光を使って逃げる。これを繰り返して、時間を稼いでいく。

 でも、相手も馬鹿じゃなかった。五度目の閃光の際、キングゴブリンは、自分の手で目を覆った。それで、閃光をやり過ごしてきた。もう一発閃光を使おうとしたけど、その時には、もう追いつかれてしまった。


「『魔力障壁』!」


 せめてもの抵抗として、魔力障壁を張る。そこに、キングゴブリンの拳が迫る。

 ただ魔力障壁一枚では、キングゴブリンの攻撃を防ぐ事は出来ない。もう一枚張ろうにも、それより早く拳が到達する。だから、目を閉じて、一言だけ叫ぶ。


「ソフィアさん!」


 本来であれば、最後まで声を発する事は出来なかったはずだ。目を開けて、前を見ると、そこにはソフィアさんの背中があった。

 キングゴブリンの拳を片手で受け止めている。


「説教は後ね」

「あ、はい」


 ソフィアさんとの約束を破って、危険な目に遭っているし、大人しく説教は受ける事にする。

 キングゴブリンは、ソフィアさんに受け止められた拳を引き戻して、もう一度拳を振り下ろそうとする。その顔は、恐怖に染まっていた。一体、何をしたのだろうか。

 ソフィアさんは、キングゴブリンの拳を斬り裂いた。中指と薬指の間からぱっくりと拳が割れた。キングゴブリンは、怒り狂って無事な方の拳を振り上げた。その間に、キングゴブリンに接近していたソフィアさんは、キングゴブリンの胸に剣を突き刺して、真上に斬り上げた。キングゴブリンは、胸から上が真っ二つになった。そして、間もなく灰になった。


「これで最後っと。クリスちゃん、怪我は?」

「自分で治したよ。ただ、ローブは駄目になった」

「そうだね。ギリギリフードは繋がっているから、髪を調節して、見えないようにしよう。大人しくしててね」

「うん」


 ソフィアさんに髪を結って貰い、フードで隠す。左肩の部分は完全に破れて、左袖が落ちた。


「買い直しだね。さすがに縫えないし」

「うん。えっと、助けてくれてありがとう。それと、無茶してごめんなさい」


 そう言って、ソフィアさんに頭を下げる。すると、ソフィアさんは大きく息を吐いて、僕の頭を撫でた。


「元はと言えば、キングゴブリンを逃がした私が悪いから、そんなに気にしないで」

「ありがとう」


 許してくれた事にお礼を言う。すると、ソフィアさんは、僕の事をぎゅっと抱きしめた。僕も抱きしめ返そうとしたところで、思い出した事があった。


「そうだ。他の冒険者がキングゴブリンの被害に遭ってた。すぐに治療しにいかないと」

「分かった。しっかりと捕まってて」


 ソフィアさんは、僕を抱き上げると、そのまま駆け出した。


「えっと……場所は分かってる?」

「大丈夫。戦闘していた場所なら、覚えてるから」

「なら、良かった」


 僕の方向感覚じゃ、どこで倒れていたかは分からないから、ソフィアさんが知っていてくれて良かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る