第26話 だから、クリスちゃんは、街で待っていて欲しかったのに……

 クリスと別れたソフィアは、集落の奥へ弧を描くように向かっていた。キングゴブリンが座している場所は、基本的に集落の奥なので、途中に余計な戦闘を挟まず向かうのであれば、こうするのが一番だからだった。

 途中、遠目にホブゴブリン数十体と戦っている冒険者達を見掛ける。


「あの数のホブゴブリンがいるって事は、集落の規模もこれくらいじゃ済まないはず……」


 小さな集落では、ゴブリンが十数体で暮らしているだけだが、それが大きくなると、五十前後の大集団になる。この辺りから、ギルドは集落を解体させる依頼を出す事になっている。

 ただ、それが見逃されていた場合には、ホブゴブリンが数体生まれる。さらに、そのまま放置されてしまった場合には、今のようにキングゴブリンが誕生する。ここから、依頼のランクがBランクになる。

 だが、今回の集落は規模のわりに、ホブゴブリンの数が異常だった。

 これを確認した時点で、ソフィアは、今回のキングゴブリン討伐に何かしらの異変があると考えていた。


「だから、クリスちゃんは、街で待っていて欲しかったのに……まぁ、それを嘆いても仕方ないか」


 クリスに依頼を受ける事を許可したのを後悔しつつ、剣を抜いた。それは、キングゴブリンの姿が見えたからだった。


「やっぱり……」


 ソフィアの視線の先には、キングゴブリンが三体いた。そして、その傍には、クイーンゴブリンが三体いる。キングゴブリンの番いとなる存在が、クイーンゴブリンだ。物理のキングゴブリンと違い、クイーンゴブリンは、魔法を得意とする。この番いで、集落を統治するのが、ゴブリンの集落の最終形態だ。

 つまり、三つの集落が合わさった状態と考えられる。異常事態と呼ぶに相応しい状況だ。


「時間掛かりそう……なんで、こういう時に限って、高ランク帯の冒険者がいないんだか……報酬は割り増しで貰って、クリスちゃんの服にしよ」


 ソフィアは独自の方法でやる気を出し、キングゴブリン達に接近していった。キングゴブリン達は、ソフィアの接近に気が付く。先制攻撃は、キングゴブリン達の方だった。

 クイーンゴブリンが炎の矢を放ってくる。

 これで牽制になると考えたのだろう。だが、その考えは甘い。ソフィアは、炎の矢の軌道を先読みし、最小限の動きで避けた。その動きに驚きつつ、クイーンゴブリンは、動きを止めない。次は、炎、氷、岩の塊を、連続で放ってきた。

 ソフィアは、炎の塊だけを避け、命中する軌道の氷と岩の塊は、全て斬った。

 その間に、キングゴブリン二体が、ソフィアに接近する。もう一体のキングゴブリンは

クイーンゴブリンを守るでもなく、別方向に逃げ出した。ソフィアの強さを見抜き、少しでも多くのゴブリンと別の場所に移ろうと考えているのだった。


「逃がすわけないでしょ」


 ソフィアは、逃げ出そうとしているキングゴブリンに狙いを定める。しかし、それを阻むように、二体のキングゴブリンが大きな棍棒を振り下ろした。ソフィアは、反射的に後ろに飛び退いて避ける。その間に、逃げ出したキングゴブリンは森の中に入っていた。


「ちっ……面倒くさい……」


 ソフィアは、本当に嫌そうな顔をしながら、目の前にいるキングゴブリン二体とクイーンゴブリン三体を睨み付ける。それだけで、五体のゴブリン達は、少し気圧された。

 ソフィアは、目の前に立ちはだかるキングゴブリンの一体に接近する。キングゴブリンは、再び、棍棒を振り下ろす。ソフィアは、その棍棒を半ばから切断し、足元に潜り込み、アキレス腱を斬る。腱を斬られたため、キングゴブリンは膝を突く事になった。

 腱を断ち、後ろに抜けたソフィアは、すぐに反転し、キングゴブリンの背中を踏み台に真上に跳び上がる。そして、そのまま落下の勢いを利用し、キングゴブリンの首を斬り落とす。絶命したキングゴブリンが灰に変わると、ソフィアに炎と氷と岩の槍が殺到する。

 ソフィアは、その全てを斬る。


「あっ、炎も斬れた」


 ソフィアは、炎の槍すらも斬れた事に、少し驚く。氷や岩には実体があるため、斬れるのは当たり前だが、炎には実体はないため、普通は斬る事が出来ない。そのため、剣士などに対しては、かなり有効な魔法だ。ソフィアは、その炎を斬った。


「剣に魔力が流れたからかな。う~ん……私もクリスちゃんと一緒に勉強しようかな」


 そう言いつつ、ソフィアは、もう一体のキングゴブリンが薙いできた棍棒を叩き斬る。先程、棍棒を斬ったところを見ていたので、キングゴブリンに戸惑いなどはなかった。そのまま棍棒だったものを捨て、ソフィアに殴りかかる。

 ソフィアは、拳による攻撃を避け、手首から先を斬り落とす。そして、キングゴブリンの膝を足場にして跳び、顎目掛けて膝蹴りを入れる。顎が砕け、頭蓋骨に罅が入る。上を向いたキングゴブリンの視界にキラリと光るものが見えた。それは、まっすぐにキングゴブリンの左目に突き刺さった。眼から脳に達したソフィアの剣によって、キングゴブリンが灰へと変わる。


「残り三体!」


 ソフィアは、残っているクイーンゴブリンに向かって駆け出す。自分達の夫を殺された二体のクイーンゴブリンは、怒り狂って、炎と氷の槍を次々に放ってきた。先程、炎も斬れる事が分かったので、ソフィアは、まっすぐ駆けていき、襲い掛かってくる魔法を斬り裂く。

 迫ってくる速度が一切落ちないソフィアに、クイーンゴブリンは恐怖する。無意識に後退りしたクイーンゴブリンの一体の胸に剣が突き刺される。ソフィアは、突き立てた剣を真横に振り抜き、その胸を足場に額へと剣を突き立てた。

 そこに、他のクイーンゴブリンからの魔法が放たれる。既に助からないと判断し、今なら剣を使う事が出来ないと考えた上での行動だ。氷の岩の槍が飛んでくるのを見る事なく、ソフィアは剣から手を離して、地面に落下する。それで、魔法の大部分を避ける事が出来たが、まだ全てを避ける事は出来ていない。だが、ソフィアが焦っている様子はない。それもそのはず、この程度であれば素手でも対処が可能なのだから。

 飛んでくる氷と岩の槍を拳と足で破壊していく。その間にクイーンゴブリンが灰に変わり、額に突き刺した剣が落ちてくる。それを見ずに掴むと、二体のクイーンゴブリンに迫る。クイーンゴブリンの槍による弾幕は厚くなる。ソフィアは、その弾幕を難なく突破し、クイーンゴブリン達の足を片方ずつ斬る。それによって、二体のクイーンゴブリンは膝を突く事になった。

 そして、一体のクイーンゴブリンの首を刎ねる。そのままの流れで、もう一体の首も刎ねようとするが、


「ふぅ……さすがに、この数だと時間が掛かったな。さっさと最後のキングゴブリンを追わないと」


 ソフィアは、逃げていったキングゴブリンを追い掛けて森へと入っていった。

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