第25話 ここで一旦別れるよ。気を付けてね

 ゴブリンの集落への道は、近くの森を突き進んでいくというものだった。特に目印がないのに、ソフィアさんは迷いもせずに、まっすぐに進んでいた。


「道は合っているの?」

「もちろん。ここら辺の感覚は、慣れが大きいかな。まぁ、クリスちゃんは無理だと思うけど……」


 僕の方向音痴を知っているソフィアさんは、少し申し訳なさそうにそう言った。僕も、そんな事が出来るのであれば、最初から方向音痴ではないなと思ったので、特に気にしていない。


「戦闘音が大きくなってきた。そろそろ着くよ」

「うん」


 これから大規模な戦闘に参加する。勇者パーティーでも、似たような事はあったけど、この身体では初めてだから、少し緊張する。

 僕の緊張を見抜いたのか、ソフィアさんは小さく笑うと、僕の唇にキスをしてきた。


「大丈夫。これまでの鍛錬は、嘘をつかないよ。ゴブリン相手なら、クリスちゃんは負けない」


 僕を安心させるようにそう言って、ソフィアさんはもう一度キスをしてきた。


「それじゃあ、私はキングゴブリンを倒しに行くから、ここで一旦別れるよ。気を付けてね」

「うん。ソフィアさんも」


 ソフィアさんはニコッと微笑むと、ものすごい勢いで駆けていった。それを見送った後、自分の両頬を叩いて、気合いを入れ直す。そして、ゴブリンの集落へと足を踏み入れた。

 そこでは、多くのゴブリンと冒険者達が戦っていた。ゴブリンの数は、目算で百単位はいそうだ。それも生きているゴブリンだけでだ。


「これがゴブリンの集落……僕も戦線に加わろう」


 短剣を引き抜き、近くにいたゴブリンに襲い掛かる。

 僕に気付いていない事を利用して、後ろから首を掻き切る。混乱に乗じれば、簡単に倒せる。そのまま五体ほどゴブリンの喉を掻き切って、倒していく。そこまで倒すと、ゴブリン達も僕の事に気が付き、こっちにボロボロの武器を向けてくる。そのゴブリンに、背後から他の冒険者が斬り掛かった。


「嬢ちゃん、大丈夫か!?」

「あ、はい。大丈夫です」

「そうか。嬢ちゃんの武器は短剣か?」

「はい」

「なら、俺達が気を引いたゴブリンを背後から仕留めていってくれ。その方が楽だろう」

「分かりました。ホブゴブリンの方は大丈夫ですか?」


 この近くにいるのであれば、注意しないといけないので、念のために訊いておいた。


「ここらにはいねぇな。今は、Bランクのパーティーが倒しに向かってる。もしこっちにきたら、俺達Cランク冒険者が対応すっから、安心しな」

「分かりました。僕は、ゴブリン討伐に集中します」

「ああ、よろしくな!」


 冒険者と協力して、ゴブリン達を次々に仕留めていく。他に気を取られているゴブリンを仕留めているので、いつもよりも楽に倒せている。

 それでも時折こっちに気が付いて、僕に武器を向けてくるゴブリンもいたけど、そいつらは、さっきの冒険者や他の冒険者が倒した。即席の団体であるのに、意外なほど連携が出来ている。それぞれが持ちうる戦術、戦法が同じだからなのかもしれない。

 順調にゴブリンの数を減らしていると、戦場に動きが生じた。十体ほどのホブゴブリンが合流してきたのだ。


「ちっ! Cランク冒険者は、ホブゴブリンの相手だ! 戦況が変わるぞ! 適応して臨機応変に動け!」


 ここからは、Dランク以下でゴブリン達の相手をしないといけない。ゴブリンの数は、まだ二百以上いる。ここからは、さっきと同じようには戦えない。それなら、僕はいつも通りにやらせてもらう。

 ホブゴブリンが来た事で、士気が上がったゴブリン達は、さっきよりも攻めの姿勢で来た。三体のゴブリンが、僕に飛びかかってくる。


「『火刃かじん』」


 火の刃で一体のゴブリンの腰巻きを燃やす。自分の身体にも火が点くので、僕に飛びかかるどころではなくなり、錐揉みしながら落ちる。残り二体の内、一体の攻撃を避けて、もう一体の攻撃を短剣で受け流す。

 態勢を崩したゴブリンの背中に蹴りを食らわせ、避けた方のゴブリンにぶつける。二体のゴブリンはもみくちゃになりながら地面を転がっていった。


「『石針』!」


 転がっていった二体のゴブリンを串刺しにするように、地面から石の針が突き出してきた。倒す事は叶わなかったけど、地面に縫い付ける事は出来たので、その首に短剣を刺して、トドメを刺す。そして、燃やしたゴブリンの方を見てみると、いつの間にか灰に変わっていた。運悪く身体全体が燃えてしまったみたいだ。

 いつもなら、ここで一息つくところだけど、今回はそうはいかない。このまま次のゴブリンを倒しに向かう。背後からうなじを刺し、魔法で視界や武器を奪う。視界や武器を奪えば、ゴブリンの動きも悪くなるので、倒しやすい。これはいつもの事だ。

 でも、数が数なので、いつも通りの戦い方だけでは効率が悪い。僕は、ゴブリンが落とした刃毀れした斧を持って、飛びかかろうとしてきたゴブリンに投げつける。腕だけでは投げられないので、身体全体を使って投げた結果、ゴブリンの頭を砕く事に成功した。重量での攻撃は、結構有効みたいだ。時折、そういったゴブリンの武器を利用して、ゴブリンを倒していく。


「きゃっ!」


 近くで冒険者の女性が、ゴブリンの攻撃で尻餅を付いていた。その女性に対して、ゴブリンがボロボロの剣を振り下ろそうとする。僕は、そのゴブリンに短剣を投げつけた。頭に短剣が突き刺さった事で、ゴブリンは灰へと変わる。

 それを確認しつつ、女性の元に駆け寄る。


「大丈夫ですか!?」

「え、ええ……っ痛……」


 女性は足を痛めたらしく、立ち上がる事が出来ない。


「周囲を警戒してください。この場で治療します」

「えっ……?」

「『治癒』」


 状況を飲み込めていなさそうな女性は放っておいて、さっさと足を治していく。地竜との戦いの際は、痛み止めくらいにしかならなかったけど、今なら捻挫くらいは治せる。

 ようやく状況を飲み込んだ女性は、治療している間、周囲を見てくれる。これで、ゴブリンが襲ってきても、対応自体は出来るだろう。とは言っても、ただの捻挫だけだから、一分程で治療は終えられた。


「治りました」

「あ、ありがとう」

「いえ、では、僕は戦闘に戻ります」


 女性が立ち上がったのを見てから、僕は戦闘に戻る。それから十分程戦闘と治療を繰り返していると、ゴブリンの数が百体以下になった。殲滅も時間の問題かと思われたが、ホブゴブリン五体と同時にまた百体近いゴブリンが援軍としてやってきた。


「ゴブリンの数が多すぎる……一体、どこにこんな数のゴブリンが……」


 どう考えてもゴブリンの数が異常すぎる。正直、ここまで膨れ上がってから気付くなんておかしい。どう考えても何かあったに決まっている。恐らく、ソフィアさんの方でも何か起こっていると思われる。


(ソフィアさん……)


 少し心配になるけど、今は目の前の戦闘に集中しないと。そう思っていると、もっと戦況が危うくなる存在が近づいて来ていた。


「キングゴブリン……」


 近くにいた冒険者の一人が呟くのが聞こえる。


「あれが……」


 初めて見たキングゴブリンは、通常のゴブリンなんて比べ物にならないほど大きかった。二階建ての建物よりも大きいだろう。

 キングゴブリンは、僕の身長の倍の大きさをした木の棍棒を担いで、確実に僕達の方に近づいて来ていた。


「ま、まずいぞ……ここにはCランクまでの冒険者しかいない……キングゴブリンと戦えるやつなんていないぞ……」


 その通りだ。キングゴブリンは、熟練のBランク冒険者がパーティーを組んで戦う相手だと、ソフィアさんが言っていた。しかし、Bランク冒険者は、ホブゴブリンを倒しにいったきり帰ってきてないらしいし、ソフィアさんも戻ってきていない。

 本当に向こうで何かがあったんだ。キングゴブリンが、こっちに来れば大きな被害は避けられない。

 周囲の冒険者達の表情が絶望に染まっていくのが分かる。それを見た僕は、行動に出る。

 僕は、さっき共闘したCランク冒険者の元に向かった。


「ホブゴブリンまでだったら、対応出来ますか?」

「あ?」


 いきなり何を言っているんだという風な顔をされる。時間がないので、間髪入れずに質問を繰り返す。


「対応出来ますか!?」

「あ、ああ! ホブゴブリンくらいなら、俺達でも対応は出来る。さっきもやったしな」

「では、ホブゴブリンをお願いします」

「あ!? 何言ってんだ? おい! 嬢ちゃん!」


 ホブゴブリンの対処を頼んだ僕は、すぐにその場から走り出す。呼び止める声も聞こえるけど、それは無視だ。それに応えている暇はない。大きく弧を描くように、キングゴブリンの方に向かった。十分距離を取り、魔法を放つ。


「『風刃』!」


 本当に小さな一撃だけど、それを眼の近くに受けたので、キングゴブリンは、鬱陶しそうに僕の方を見た。その視線を感じた瞬間、フードの中から髪を一房出して見せる。すると、キングゴブリンの視線が僕に集中したのが分かった。


「これで、冒険者の方には行かない……後は、僕が逃げ続けないといけないって事だけど……」


 キングゴブリンは、確かな足取りで僕の方に向かってくる。僕は、取りあえず冒険者達から離れる方、キングゴブリンが歩いてきた方に向かって駆け出した。

 僕の後ろの方から、冒険者達の声が聞こえたけど、その内容までは聞き取れなかった。

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